その子はだあれ?


   〈登場人物〉

    山下園子
    藤原ななえ
    矢野佳織
    谷内志保
    尾崎武志
    橋本良太





      中央に葬儀の祭壇。壇上に園子の遺影。菊の花など。
      祭壇のそばに回り灯籠。
      祭壇の前にイスが六脚ハの字形に並んでいる。
      哀しげな音楽。
      中央にサス。
      尾崎が歩いて来て、サスに入る。
      合掌。一礼。

尾崎   山下さん。あなたとこうしてお別れをしなければならないということが、僕は今でも信じられません。こうして、お別れの言葉を述べているこの時間が、悪い夢であってほしい、嘘であってほしい、と願わないわけにはいきません。‥‥でも、でもこれは現実なのですね。とても悔しいけれど‥‥。
‥‥目を閉じると、今も、あなたの元気な笑顔が目に浮かびます。ちょっと男まさりで、よく叱られりたたかれたりしたけど、それは実は不器用な照れ隠しで、ほんとはとっても優しい恥ずかしがり屋さんだったことを、僕は知っています。
‥‥文化祭でロミオとジュリエットをやりましたね。「ロミオよ、ロミオ。どうしてあなたがロミオなの?」と初めはひどく不満そうだったあなたが、本番では、本当に涙を流して演じていたことを、僕は知っています。あのことも、このことも、今となっては、もう二度と戻ってこない思い出なのですね。
青春は二度と戻ってこない。青春時代が夢なんて、後からほのぼの思うものです。そして、青春時代の真ん中は道に迷っているばかりだということを、僕は知っています。
‥‥名残りは尽きませんが、もうお別れです。
最後にこの言葉を捧げて僕の弔辞とします。
ふるさとは遠きにありて思うもの。そして悲しく歌うもの。室生犀星。

      尾崎、一礼。去る。
      志保がふらつきながら出てくる。
      合掌。一礼。

志保   ‥‥山下さん。‥‥園ちゃん、園ちゃん、どうして死んでしまったの? 嘘でしょ?嘘だと言ってよ!(泣く)‥‥私、信じないからね。きっとどこかに隠れているんでしょ?「冗談だよ!」って、いつもみたいに舌出して出てくるんでしょ? ねえ、もったいつけないで、早く出てきてよ! 私、知ってるんだから。ねえ、お願い! ねぇ!(と泣き崩れる)
園ちゃんがいない学校なんて‥‥私生きていけないよ。一人でどっか行っちゃうなんてずるいよ。‥‥もう、あんたなんか大っ嫌い! ‥‥ウソ。大好きだよ。‥‥園ちゃん‥‥帰ってきてよ‥‥。お願いだから‥‥。(泣き崩れる)

      しばらく泣き崩れる志保。
      橋本がやってきて、志保を連れて去る。
      ななえと佳織が出てくる。
      合掌。一礼。

佳織   入学式。私たちは、少しの不安と大きな期待を胸に校門をくぐりました。満開の桜の花が咲いていたのを覚えています。式が終わってから、初めてのホームルーム。担任の先生の言葉をうわの空で聞いていました。その教室にあなたがいたのです。
ななえ  最初の遠足は飯盒炊飯でした。男の子と女の子が、まだ何となく打ち解けない微妙な空気の中で、あなただけが、気楽に男の子に話しかけたり、一緒に遊んでいたのを覚えています。そんなあなたが、私にはちょっとまぶしくて、うらやましかったです。
佳織   初めてのクラブのコンクールは正直言って悲惨でした。何もわからないまま、あっという間に時間が流れて、気づいたらもう本番という感じでした。大事なシーンで大事なセリフを忘れてしまい、楽屋で泣いていた私に、「気にすることないよ」と肩をたたいて慰めてくれたのはあなたでした。
ななえ  文化祭の一年生の出し物は合唱でした。みんなが緊張して蚊の鳴くような声しか出せない中で、全員の声の倍ぐらいの大声で歌っていたのがあなたでした。ちょっと調子っぱずれで、客席から笑い声も聞こえたけれど、あなたはそんなことは少しも気にせずに最後まで歌いきりました。あの「園ちゃんオンステージ」も、今となっては、忘れられない思い出です。
佳織   そうして、私たちは二年生になりました。まだ全然頼りない自分たちが先輩になるということがとても不思議な気持ちがしました。

      園子が飛び込んで来る。

園子   やめてよ!
全員   !
園子   何なのよ?これ!

      園子、祭壇の遺影を取り上げる。

園子   これは何なの?

      園子、祭壇の菊の花を投げる。
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