パラノイアの代償
『パラノイアの代償』

登場人物

根本(ねもと・男)







 ♯

     赤ん坊らしきものを抱いた女性が佇んでいる
     放心したように、じっと遠くを眺めている
     視線の先には、真っ赤に燃える炎の光
     野次馬やサイレンのけたたましい音

     根本がやって来る
     手にはブランデーのボトル

根本 そこで俺はこう言ってやったんですよ。「あなたの無教養な話に付き合わされるこ
   ちらの身にもなってください」って。いるでしょう、本質もわからないままに偉
   い人の格言を使いたがったり、社会情勢をただ批判する人。ただの、批判の為の
   批判ですよ。耳障りだ、何の生産性もない。そう思いませんか。
女  ……何ですか、突然。
根本 他人との出会いなんて、いつも突然だ。毎日、何人の人とすれ違っているか、数
   えていますか? それは、何の意味もないものですか? もっと、話をしましょ
   うよ……。僕らは、あまりに他人に対して無関心だ。そう思いませんか。
女  酔っているんですか。
根本 はい、良い気分です。霧が晴れたように、視界が広がっている。今までの僕は、
   あまりに下らなかった。
女  そうですか……。
根本 (女性に抱かれたものを見る)お子さんですか。
女  ええ。
根本 おいくつですか?
女  ちょうど、1歳になったばかりです。
根本 可愛いですね? 重いでしょう。どんどん大きくなる時期だ。
女  あなたにも、お子さんが?
根本 ええ、ええ。女の子です。娘にも、そんな時期があったなあ。私もね、お父さん
   なんですよ、こう見えてもね? すごくお父さんしてました。
女  そうですか……。娘さん、おいくつですか。
根本 えっと……。あれ、いくつだったかな。11……12歳くらい?
女  難しい年頃なんじゃないですか。
根本 そうなんですよ、難しい。2つ下に弟もいて、姉としての自覚っていうんですか
   ね、しっかりした子でしたよ。大人になろうとして、私が手を貸そうとしたら、
   「自分でやる!」って、そればかりで。お父さんとしては、嬉しいような、寂し
   いような……。
女  立派な娘さんですね。
根本 ええ、ええ。そりゃあ、もう。私の子ですから!
女  ……。

     根本、ブランデーを呷る
     女性、赤ん坊らしきものをあやす

女  ……この子も。
根本 ?
女  立派に、生きてくれるでしょうか。
根本 うーん。
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