喫茶・浜木綿の風「ピアニストの想い」
(ボイスドラマ・舞台演劇)

【ボイスドラマ】喫茶・浜木綿の風 
「ピアニストの想い」
                     
                         作:澤根 孝浩

−登場人物−
 ナレーション
・河原崎 美加(36)
・富川 真美 (43)

ナレ:浜松市の片隅にある小さな喫茶店・浜木綿の風。店主の河原崎美加が常連客の富川   真美と話をしていた。富川真美は、市内にある結婚式場で、結婚式と披露宴でピア   ノやオルガンを弾く仕事をしている四十三歳の女性である。
美加:今日は仕事帰りですか? 平日なのに結婚式って珍しいですね。
真美:仕事は仕事なんですけど、今日は結婚式じゃないんです。
美加:ピアノのお仕事ですか?
真美:はい、葬祭ホールでの告別式での演奏だったんです。
美加:告別式ですか? お通夜やお葬式に参列すると、時々、会場でピアノを弾いてらっ   しゃる方がいますが、あのお仕事ですか?
真美:えぇ、知り合いの方からやってみないかって以前から誘われていいたんですけど、   思い切って初めてみたんです。実は、今日が初日だったです。
美加:それじゃ、今日は記念日ですね。新しい挑戦、素敵です。でも、何か始めた理由が   あるんですか?
真美:そうですね、子供もだいぶ手がかからなくなりましたし、あとちょっと、自分の演   奏について考えるきっかけがあって、それで。
美加:真美さんのピアノなら、どこの演奏も大丈夫ですね。
真美:そんなことないですよ。今日、始まる前は、少し手が震えました。でも、無事に終   えられて安心しています。
美加:へぇ、真美さんほどのベテランでも緊張されるんですね。
真美:します、します。結婚式の演奏だって、未だにいつも緊張してますよ。
美加:そうなんですね。ところで、さっきおっしゃってた、自分の演奏について考える    きっかけって何なんです?
真美:たいした話じゃないんです。わざわざお話することでもないんですよ。
美加:ご迷惑じゃなかったら、是非、教えてください。
真美:全然、迷惑なんてことないんですけど、つまらない話ですよ。
美加:やった。お願いします。
真美:たいした話じゃないんだけどな、わかりました。先月、音大時代の同窓会があった   んです。
美加:懐かしい再会もあったんですか?
真美:私、卒業してから同窓会には一度も出てなかったから、ほとんど皆二十年ぶりかな。美加:それは楽しいですね。
真美:えぇ、同窓生の中には、ピアニストになった人も何人かいるんですね。その一人と   その時、話をしたんです。学生時代は、私と同じように単位取るのに苦しんでいた   子で、いつも愚痴を言い合ってた仲の子です。
美加:真美さんが愚痴を言う姿はなんか想像できないです。
真美:外では良い顔しているだけですよ。その子も決して目立つタイプでもなかったんで   すが、彼女、音大出てからもピアノ一筋で一つ一つキャリアを積み上げていたんで   す。その積み上げた末に、今は国内外で呼ばれるようなピアニストになったんです。   私も音大入ったときは、そんな人生に憧れてたから、いろいろ考えちゃって。
美加:でも、真美さん……。
真美:あぁ、あの後悔してるとかじゃないんですよ。私、今の自分のこと、誇りに思って   ます。彼女は未婚で、「恋愛する暇なんて無いわ」って言ってたけど、私はメタボ   ながらも優しい旦那に、生意気だけど元気な小僧がうちにいて、毎日朝ご飯も夕ご   飯も一緒ですもの。後悔なんてあるもんですか。
美加:よかったです。そう思っているなら。
真美:私のきっかけっていうのは、ピアニストになった彼女の一言なんです。私が今、    結婚式場でピアノを弾いているって言ったら、「素敵ね」って言ったんです。嫌み   とかじゃなくて、本当に心からそう言ってくれたんです。「知らない誰かの人生に   寄り添う音楽って素敵ね」って。「私もコンサートでピアノ弾くときは、聴いてい   る人たちの人生のすぐそばに自分の音が届いてほしいっていつも思うの」って。
美加:そう言えるお友達、素敵ですね。
真美:私もそう思います。それに比べて、私は駄目だなぁって思ったんです。
美加:え? なんでそうなるんです?
真美:私も結婚式で演奏するとき、もちろん一生懸命弾いてきました。でも、そんな風に   考えたことなかったんです。この新郎新婦の人生に寄り添うように弾こうなんて。   でも、もっと新郎新婦の事を知って、二人の事を思って演奏すれば良かったなぁっ   て。だから、駄目なんです。
美加:一生懸命弾いてきたんですから、駄目なんかじゃないですよ。それは寄り添うって   ことと同じことだと思いますよ。
真美:ありがとうございます。でも、やっぱりそういう信念というか、そういうのをお腹   に一個、重いモノを持っておく必要があったんだと思うんです。プロですからね。   私も。だから、お話をいただいてた葬祭ホールでの演奏をお引き受けすることにし   たんです。もう一度、演奏することに向き合うために。亡くなられた方、残された   参列者の方々の心に寄り添うことのできる演奏をしようって決めたんです。
美加:真美さんらしい考え方で、立派です。
真美:私らしい、ですか?
美加:はい、真美さん、いつも真面目に考えて、自分を変えることを恐れないですもん。   今まで聞いてきたお子さんの子育てやご家族のことも真正面から向き合って、挑戦   していたの、ずっと尊敬していたんです。
真美:お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。
美加:お世辞じゃありませんよ。これまでの真美さんが駄目なんて全然思いませんけど、   また次のステージに挑戦しようとする姿も格好いいです。やっぱり尊敬します。
真美:ありがとうございます。ここで宣言しましたから、私、びしっとやります。
美加:はい。ふふ。
ナレ:二人が笑い合う中、店内に柔らかい時間が過ぎていった。河原崎美加役、○○、    富川真美役○○、ナレーション、○○、脚本、澤根孝浩、、製作、○○○○でお送   りしました。
                                     END

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