カンテラ町の灯【花の名】
カンテラ町シリーズ:10話
薄暗い一室。
血の海の中、無惨に横たわる女性の前にして静かに佇む紫雲の姿。
紫雲:(兄を殺せ、兄を殺せ、兄を殺せ。)
紫雲:(父上が死んだあの日から母上は呪詛の如く繰り返している。)
紫雲:(玉のように愛してきた息子に裏切られ、壊れてしまったのです。)
紫雲:(兄を殺せ。父の仇を討て。あれは悪鬼だ……。)
紫雲:(違いますよ、母上。真の悪鬼は私です。)
紫雲:(長く渇望していたはずの寵愛(ちょうあい)よりも、飢えを満たしたいという欲求が勝ってしまう。)
紫雲:(母上。どうかこれ以上は、おやめください。)
紫雲:(これ以上私の目の前でゲテモノに成り下がるのは。)
惨状を目の当たりにした黄雲と槐が目を見開く。
槐:こ、これは……。
黄雲:紫雲(しうん)か。
虚ろに兄の顔を見上げる紫雲。
紫雲:……兄上。
黄雲:凄惨(せいさん)なものだ。
黄雲:そこに転がっているのは母か?
紫雲:左様です。
むせ返る程の死臭に口元を抑える槐。
槐:う……ぐッ。
黄雲:外していろ槐(えんじゅ)。二人で話す。
槐:は、はい……。承知致しました。
その場を離れる槐。
向かい合う兄弟。
紫雲:兄上。
黄雲:何だ。
紫雲:母上は……最期に自らを喰らえとおっしゃいました。
紫雲:喰らう程にあなたは強くなる。
紫雲:「悪食(あくじき)」たる業を背負って生まれた、哀れな子である、と。
黄雲:その通りだ。
紫雲:私は、なぜ生まれてきたのでしょうか。
黄雲:確かにお前の生は祝福されなかった。
黄雲:同胞を喰らうことしかできん出来損ないであるとな。
紫雲:……。
黄雲:だが、それは剣の振り方を知らんからだ。
紫雲:剣?
黄雲:「悪食」、大いに結構。
黄雲:自ら剣を握り、刃を研ぎ続ける気概があるのならば、俺はお前を認めよう。
紫雲:化け物ですよ、私は。
黄雲:笑わせる。化け物どもがシノギを削る世だぞ。
黄雲:いいか紫雲。俺は強者に対して人別(ひとわ)きはせん。
黄雲:母を喰らい、お前は枷(かせ)を外したのだ。
紫雲:母上が死に……悲しくはありませんか。
黄雲:ない。
紫雲:……。
黄雲:俺とともに来い。より高みへと連れ立ってやる。
背を向ける黄雲。
黄雲:ああ、それと……。残飯は片しておけ。
黄雲:見るに耐えん。
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