屏風
「屏風」作・今江しん

・とき
室町時代。南北朝に分断された一四◯○年頃

・場所
一幕 バカ殿様の寝室
二幕 バカ殿様の寝室 / ベンガルの王宮
三幕 ベンガルの王宮 / ベンガルの森 / バカ殿様の寝室
四幕 バカ殿様の寝室
五幕 一休宗純の寺にある庵

・登場人物
一休宗純

バカ殿様 / ベンガルの王
嫉妬深い弟
しんえもんさん
牛べえ / 聖なる牛
馬ちよ / 蒼白の馬
象のしん / 白き象
羊のすけ / 黒い羊



プロローグ

    世界は巨大な一枚の曼陀羅である。
    ごうごうと鳴る風。
    それがいつしかこの世を謳うお経のようにも聞こえてくると、赤子のように眠る一休宗純、起き出して。

一休宗純:ばかやろう!寝言は寝て言え、涅槃で言え。経典なんかただの紙切れ、便所の落書きだ。そう言ったおれをあんたは叩いたから、左の頬を差し出したんだ。叩いてくれると信じて。なのにどうして、悲しそうな目をしたんだ。その目にたたえた色を知ったとき、愛が牙をむいた。その姿を絵にしたらきっと虎の姿をしている。暗い森にひそむ金色の虎、それがあんただってようやく分かったよ。
 ああ、これは甘い悪夢だ。あんたとはもう寝言でしか話せない。つぎ、本当の言葉で話せるならこの夢に食われたっていい。そんなの不幸だ、正気に戻れといわれたら、おれはいっそこの世界のほうをぶち壊してやるよ。経典なんか破り捨て、そうして全力で追いつくから、今夜また会おう、あんたの待つ、涅槃で。

    轟音。
    一休宗純が闇の中に駆け出して消えると、巨大な屏風が開いて世界が始まる。
    そこは室町時代のどこかの国の屋敷の回廊。
    草木も眠る丑三つ時。夜警らが一室の前で止まり、そっと障子に耳を当てる。

羊のすけ:どんな塩梅だ。
牛べえ:この耳に聞こえるのはやすらかな寝息ばかりです。
羊のすけ:寝言をおっしゃるかもしれない。
牛べえ:寝言を言ったところで、お休みになってることには変わりませんよ。
羊のすけ:学をつけろ、夢をごらんになるのは眠りが浅いあかしだ。
牛べえ:たしかに、起きてはいけませんからね。
羊のすけ:そうとも、深くおやすみになっていることが重要なのだ。この丑三つ時に眠るのは草木だけではないぞ、人もまたこの夜の深淵に沈まねばならんのだ。
   
    そこへもうひとりの夜警。

象のしん:曲者かと思ったらねずみか。なにをしている、殿のお部屋で。
羊のすけ:お小言ですね。寝首でもかくと言ったら、どうするおつもりです。
象のしん:そのように殿に伝えるがよろしいか?
羊のすけ:冗談の通じぬかただ。
牛べえ:虎にございます、ご家老。
羊のすけ:殿が最近お悩みのあの夢のことですよ。枕元に飾られている虎の屏風。寝ているあいだに屏風から虎があらわれて悪さをするという話は、ご存じでしょう。
象のしん:お前たちまであんなもの信じているのか。
羊のすけ:ご家老だって、いちど確かめたいと思いませんか?
象のしん:おれは、そんな下らないものは信じてない。
羊のすけ:では殿は、下らぬ妄言ばかり吐く狂人だと?
象のしん:おれの言葉のどこにそんな端くれがあった。
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