尊属殺人が亡くなった日
尊属殺人がなくなった日
真木結衣(ゆい)20代前半。父を殺害した被告人。静かで
感情を抑えているが、深い傷を抱えている。
真木修一(しゅういち)50代。結衣の父親。娘の結衣に暴力を振るう。
声だけでも可
真木忠(ただし)50代。結衣の叔父。厳格で保守的、兄修一の死を
受け入れられない。
桐生タカシ(きりゅう)高校生。結衣の彼氏。結衣の家庭のことを知り、
なんとか助けたいと思っている。声だけでも可
北原弁護士40代。結衣の国選弁護人。冷静だが、情熱もある。
小宮判事30代。若手裁判官。中立であろうとするが、心は揺れている。
栽培員
暗転した舞台の中にスポットライトが一人にあたる。
(舞台に静かに立つ語り手。ゆっくりと語り始める)
北原(静かに、観客へ向かって)
かつてこの国には「尊属殺人罪」という特別な罪がありました。
それは、父母や祖父母など、“目上の血縁者”を殺した者は、
より重く裁かれるというものです。
(少し間を置いて)
北原 法律の条文には、こうありました。
「尊属を殺した者は、死刑または無期懲役に処する」と。
(スポットライトがゆっくりと広がる)
北原 しかし1973年、ある一つの裁判で、この法律は
違憲と判断されます。母親とともに、長年虐待を受けていた
娘が、父親を殺した。それが、「尊属殺人の違憲判決」の
引き金となったのです。
北原 裁判所はこう言いました。「血のつながりがあるからと
いって、重い罪で裁かれるのは不平等だ」
「家庭内の力関係が、常に“目上が正しい”とは限らない」と
そして「尊属殺人罪」は、日本の法律から姿を消しました。
(静かに結衣の姿が後ろに浮かび上がる)
北原 この劇は、かつて実際にあった事件と、そこで生きた
人々を元にしています。誰かを裁く物語ではありません。
声をあげられなかった誰かの痛みを、見つめ直す物語です。
(一礼して、語り手がゆっくり舞台を降りる)
声なき声が、法律を変えた。そして今も、救いを待つ声がある。
(照明は少し青みがかった寒色。静かな時計の音だけが響いている)
(舞台中央、椅子に座る結衣。俯き、両手を強く握っている。
弁護士北原が脇に立ち、資料を確認している。反対側には忠が
腕組みをして立っている。小宮判事は奥の椅子に静かに座って、
記録を読み込んでいる)
忠(苛立ちを押し殺した声)……よく平気で座っていられるな。
人を殺したくせに。
(結衣、無反応)
忠(一歩前に出て)お前が殺したのは、自分の“父親”だぞ。
……わかっているのか? 兄貴は、俺にとってたった一人の家族だった。
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