抱き締められない夜が明ける (30分)
■■■
◆ 漆黒の夜空に白い点描を描く星々。輝きの音さえ聞こえてきそうなほどの完全な静寂。見
事なまでの星月夜。世界はとてつもなく美しい。
次にこの静寂が壊れる時、俺は何処で何をしているのか。
■■■1夜
○ ジャン…!?
◆ 女の声。俺は咄嗟に銃を構えようとした。無駄だ。俺はもう…。
○ 貴方、ジャンなの?
◆ …。
○ ごめんなさい。私、目が見えなくて。
◆ …違う。俺は、ジャンじゃない。
○ 残念。でも良かった。言葉が話せるのね。貴方、最近此処に来たのよね? 村では有名な
存在なのよ。西の森に人ならざる者が住み着いたって。
◆ 自分たちとそれ以外に分けたがるのは、人間の生存本能なのかもしれないな。
○ 生存、本能…? どうしよう。貴方のほうが私より頭良いかも。
◆ …。
○ こんな時間に何してたの?
◆ …散歩だ。
○ いいね。真夜中の散歩。今夜の空はどう?
◆ 空…?
○ 綺麗?
◆ ああ、そうだな。
○ 私が綺麗だと思ってるものを同じく綺麗だと思ってるなら、ちょっと安心。
◆ …目は、どうした?
○ ちょっと前まで見えてたんだよ。半年くらい前、村に焼夷弾が投げ込まれてね。
◆ …。
○ 焼夷弾、分かる?
◆ ああ。
○ 分かるんだぁ。この辺りは戦場から離れてるのに突然。亡くなった人もいるから、私は運
が良かったと思わないとね。
◆ …。
○ ところで貴方は人を食べる魔物さんかしら? それとも食べない魔物さん?
◆ 人を…?
○ どっち?
◆ どっちであって欲しいんだ?
○ 人を食べるなら、私を食べて欲しくて。
■■■
◆ この森の奥の洞窟に身を潜めてから満月を二回見た。
もっと早くに目的を果たすつもりだったものの、人目に付かない様に村に近付く方法を考
えあぐねていた。
次の季節が来る頃にはこの辺りでも葡萄酒を作るのだろうか。人々が足で葡萄を踏む動き
に合わせて歌を歌い、音楽を奏でる。儀式の様でも娯楽の様でもあった。いつか自分も混
ざりたいと思っていた頃があった。
■■■
○ 食べたくない? 美味しそうじゃないのかな、私って。
◆ いや…、
○ そもそも食べない?
◆ 食べない。
○ なんだぁ。食べない魔物さんかぁ。
◆ どうして食べて欲しいんだ?
○ まぁ、色々あってね。また今度話すね。
◆ 今度があるのか。
○ もう来ないほうがいい?
◆ 自分の中に一瞬湧いた感情の名前を、その時の俺はまだ知らなかった。
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