燃える恋。
『燃える恋。』

放火殺人の容疑者と刑事の取調室での一幕。

■あらすじ□
夫と家に火をつけ、放火及び殺人の容疑で逮捕された女の取り調べ。胡乱げな受け答えの女に揺さぶられながら、刑事は事件の真相とある気付きに導かれていく。
※本作には一部醜悪な表現や過激な描写がありますので苦手な方にはオススメしません。また上演前にその旨アナウンス願います。

□登場人物■
七瀬:八尾 七瀬(やおななせ)。夫の庄介(しょうすけ)を殺害し、家に火をつけた容疑で捕まっている。
良秀:鈴森 良秀(すずもりよしひで)。七瀬の取り調べを行う刑事。妻子が居る。
  
 ■□■□
  
  取調室。
  薄笑いを浮かべる女・七瀬と、固い表情の刑事・良秀が机を挟んで向かい合っている。
  
七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかった。
  
良秀:なんですって?
七瀬:私、もう一度だけ燃えるような恋がしたかったんです。刑事さん。
良秀:どういう意味ですか、それは。
七瀬:ええ、ただそれだけなのです。
良秀:それだけ、とは?
七瀬:だから、後悔なんてしていません。
良秀:すみません、八尾七瀬さん。ちゃんと私の質問に答えてくれませんか?
七瀬:私は、むしろ、なんて良いことをしたんだって思うくらいです。
良秀:それはあなたの犯行に対するお考えですか?
七瀬:うふふふふ。ああ、綺麗。
七瀬:刑事さんも、そう思いませんか?
良秀:何が綺麗なんでしょう?
七瀬:分からない。分からないですわ、何が綺麗で、何が穢いのかなんて。私には分かりません。
良秀:もう一度確認しますよ? 八尾七瀬さん。あなたが、夫である庄介さん、八尾庄介さんを殺害し、放火を行ったことに間違いはありませんね。
七瀬:間違い? そう、間違いだったの。
良秀:あなたは、犯行を認めないと?
七瀬:認めたくなくても、見て見ぬふりしても、あの人と私はもうとっくの昔に冷めきっていて、あとは腐っていくのを待つだけの肉だったんです。
良秀:何を言っているんですか、あなたは。
七瀬:何を言っているのか、分かりませんよね。あの人と私のことは、外から見てもきっと分からないでしょう。いいえ、私とあの人自身でさえ分かっていなかったんですよ刑事さん。
良秀:ご家庭は複雑な状況にあったと?
七瀬:どうでしょうね。
良秀:どう、とは?
七瀬:私とあの人は複雑に考えすぎていたのかも知れません。あなたにもそういうことってあるでしょう? 刑事さん。
良秀:私の話では無く今は、八尾七瀬さんあなたのことをお伺いしているのですが。
七瀬:七瀬で良いですよ。
良秀:では七瀬さん。先程の、腐っていく――
七瀬:ねぇ、刑事さんは、なんてお名前なんですか?
良秀:鈴森です。
七瀬:鈴森、お名前は?
良秀:必要ですか?
七瀬:必要ですよ。人間は名前のない物を本質的に愛することはできないそうです。そして名前を呼ぶことで愛着を深めていく。もし、名前を呼ばないなら、そこにきっと愛は、愛着は無いんですよ。
良秀:愛着?
七瀬:ええ、愛着です。私みたいな女とは名前で呼び合うことはできませんか? 刑事さん。
良秀:それは。
七瀬:鈴森刑事、あなたは誠実そうな方ですものね。既婚の女性と軽々しく名前で呼び合うことに抵抗があるのでしょう?
良秀:それは……まぁ。
七瀬:それがたとえ未亡人でも。
良秀:未亡人、と言うのは適切でしょうか、この場合。
七瀬:あなたが私に不適切な関係を求めていないのなら、それで問題は無いのでは無いでしょうか。
良秀:あなたは私をからかっているのですか? 私が言っている適切か否かというのは、そんな下世話なことではなく、もっと、悍ましい矛盾のような点です。
七瀬:悍ましい。そう映るのでしょうね、きっと世間様には。
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