AIよりも、愛をこめて
登場人物
笠野(62) 愛栄運送のパートの男性。
植村(50) 愛栄運送の正社員の女性。
部長(52) 愛栄運送の男性部長。


 明転。
 愛栄運送の社内。朝8時前。
 笠野、板付き。椅子に座り、マグカップを手に新聞を読んでいる。

笠野「スマホだのアプリだの、最近のわーけもんは…紙と鉛筆で何がわぁりあんだ」

 植村が慌てて入ってくる。手には紙を持っている。

植村「笠野さーん、大変大変」
笠野「おはよう、植村さん。今日はばかに遅ぇかったの。遅刻らかと思ったっせ」
植村「これ、これ見て! 私のタイムカードに挟んであったの!(紙を渡す)」
笠野「何いぇ、ちゃっとじーぴーてー?」
植村「ChatGPT」
笠野「何だいす、それは?」
植村「AIに質問するとね、何でも答えてくれるってやつ」
笠野「何が答えてくれるってけ」
植村「私もよく知らないんだけどね、最近流行ってるんだて。生成AIって」
笠野「文章ぐれぇ自分の頭で考えれや。なんでもかんでも機械に頼ってどうすんけ」
植村「でね、ちょっとこれ読んでみて」
笠野「字ぃ小っちょって読めねぇ」
植村「私も最近老眼で見えねんだよね。えーと、ここが質問欄で、ここが答え」
笠野「何書いてあるんけ?」
植村「質問『8時始業の場合、何時に出社すべきですか?』」
笠野「ほうほう、それで?」
植村「答え『10分から15分前には持ち場についているべきです』だって」
笠野「そのぐれぇ、わざわざ機械に聞かんでも分かるわ。常識らねっか」
植村「…まあ、たしかに。わざわざ質問するようなことじゃないかも。でもさ、これ誰が挟んだんだろう。何か意図がある気がしてさ」
笠野「タイムカードに挟んであったってことは、『もっとはよ来い』っていう、注意らかもな」
植村「えぇ〜? 私、ちゃんと間に合ってるろ。ほんの2、3分の話でしょ」
笠野「ほんの2、3分でも、上の人間はそういうとこ見てるんだわねぇ…細けぇもんだて」
植村「部長かな? 最近、口開けば『効率化』『効率化』って言う…あの人さぁ」
笠野「分からんけど、あのしょ、いっつも難し顔してパソコンばっかカタカタしとっけ、ありえるな」
植村「でもさ、だったら直接言えばいいのに、こんなAIに言わせるみたいなこと…陰険だわ〜」
笠野「まあの。『ちゃっとじーぴーてー』が何もんなのかも分からねのに、注意されても納得できねの」
植村「ほんっとそう! しかも私、今日は家出るとき、猫が玄関で寝てて、踏むに踏めなくてさ…」
笠野「猫のせいけ!」
植村「そう! 猫踏んだら私、新聞に載っちゃうかもしねれろ!」
笠野「(新聞を読みながら)『愛栄運送社員Aさん、猫虐待疑惑』ってか?」
植村「それ面白い! ChatGPTに聞いてみればよかったかな? 『猫が玄関で通せんぼしてるときはどうすれば?』って」
笠野「答え『別の出口を探しましょう』とかな!」
植村「うち裏口とかないんだけど~!」

 タブレットを持って部長が入ってくる。

部長「朝からずいぶん楽しそうだな?」
笠野「(立ち上がって)あ、おはようございます、部長!」
植村「おはようございます! (小声で)出た出た…AI信者…」
部長「ん? 何か言ったかね、植村くん」
植村「いえ! あの…今、ChatGPTの勉強をしてたところでして!」
部長「それはいい心がけだ。いまや時代は『デジタルファースト』だからな。君たちもそろそろ紙と鉛筆から卒業したまえ」
笠野「はは…卒業してぇところなんだろも、在庫がまだ残ってるもんですからの…。全部使い切らんと紙の神様に怒られますわ」
部長「冗談を言っている暇があったら、ChatGPTで『クビにならない方法』でも調べておいたらどうかね?」
植村「部長、それって…(小声で)私のこと…?」
笠野「おいおいあんた、そってはまるで植村さんがクビ候補みたいに聞こえんねっか」
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