デクレシェンド・ハーモニー
葛西(35) 製造系企業に勤める技術職。
江崎(26) 葛西の後輩で、彼を尊敬している。
臼井(31) 社外から来た臨時プロジェクトマネージャー。


 明転。
 標高775メートルの山の中腹。
 ベンチのある小さな広場。
 鳥の鳴き声と風の音が絶えず聞こえている。
 登山服、リュック姿の葛西と江崎がゆっくりと登場。
 口元をタオルで押さえている。

江崎「(息を整えながら)はあぁー、やっとここまで来た。もうちょい楽かと思ったけど…なかなか」

 2人、口元のタオルを取り、リラックスモード。
 葛西、リュックからペットボトルを取り出し、紙コップに移してから飲む。

江崎「(ベンチにドサッと座る)ねえ葛西さん、正直に言って…楽しいですか? 今」
葛西「…楽しい? …わからない」
江崎「わからない、か。さっすが調和の人。楽しさの定義から入るタイプですね(葛西を肘でつつく)」

 葛西、苦笑ともつかない小さな息を吐く。ベンチの端に座る。

江崎「(空を見上げて)いやでも、気持ちいいなあ。なんか音が多いのに、うるさくないっていうか。都会と真逆ですね」
葛西「音の密度が低いだけ。空気が拡散してる」
江崎「そっかー、それってつまり、混ざりやすいってことですか?」
葛西「…まあ、つまり、そういうことかもしれない」

 風が吹き、木々がざわめく。小鳥の鳴き声。

江崎「(小声で)聞こえます? 今の、アカコッコ? …いや、シチトウメジロ? …いやわかんない。鳴き声だけで鳥当てられる人、すごいですよね」

 葛西、何かを取り出す。登山道で拾った小さな丸い石を数個。
 それを地面の土の上に、等間隔に並べ始める。

江崎「(気づいてしゃがむ)あー…出た。整列モードですね。今日はコーヒーシュガーの代わりに小石、さっすがー!」
葛西「(整えながら)これは整列じゃない。…確認」
江崎「確認?」
葛西「…風の向きと、湿度の影響」
江崎「いや、何を確認してるんですか。石の、何?」
葛西「…音が吸われてる」
江崎「(首をかしげて)…え、石に?」
葛西「…違う。周囲の吸音状態が違う。こういう場所だと、形の整い方に出る」
江崎「(笑って)あー、はいはい。はい、出ました。そういうの、そういうの。もう、ほんと名言出ますね葛西さん!(ぴょんぴょん跳ねる)」

 葛西、何も言わず、最後のひとつを置き、ベンチに戻る。
 しばし沈黙。
 江崎が葛西の隣に座る。
 遠くから、細かい砂利を踏む足音。
 江崎がふと顔を上げる。

江崎「…ん?」

 舞台奥から、ゆっくりと臼井が現れる。
 少し疲れた表情。登山服姿、リュック。
 口元をタオルで押さえている。

江崎「…えっ」
葛西「…」
臼井「(気づいて)…あ」
1/5

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム