みぞれまじりの、雨(15分)
2025年版
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杉山、明日香です。はい。間違いありません。私は、母を殺しました。
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ウチが貧しいと気付いたのは、小学校高学年の時です。塾に行くと違う学校の友達が出来るっ
て話を聞いて私も行きたくなって。でも母に渋られて。勉強しろって言うのに塾に行かせない
のはおかしいって文句を言いました。その後、留守番中に母の給与明細を見付けて、この額じ
ゃ塾になんか行ける訳がないと興味を失いました。
中学になって、容姿とか要領の悪さとか、人と比べて自分の持って生まれたものが不遇だと思
い込んで、母を呪いました。普段化粧もしない母は、世の中の綺麗な大人の女性とは程遠く見
えて、勝手に見下して。そんな人から生まれたのが自分だって事が気持ち悪くて。
高校はずっと反抗期。一緒にいるのが嫌になって、奨学金の取りやすい地方の大学を選んで、
一人暮らしをしました。コンビニでバイトして、煙草の名前が覚えられなくて辞めて。水商売
の体験入店だけ、何ヶ所か行って。もらえたりもらえなかったりして。普通のバイトをしよう
としてまた辞めて、それを繰り返して。働く為に大学を辞めたのに何処にも決まらなくて。奨
学金を返したいのに、保険とか年金とかもあって。お金がないと心の余裕もなくなって。自分
の無力を痛感しました。
『明日香の好きな様にしていいんだよ』
電話をするまで、責めたり怒られる想像で頭が一杯でした。別にそうされた覚えはないのに。
私が一方的に避けていたから、母との接し方も思い出せなくなっていて。
母の給与明細に載っていた額だけはずっと覚えていました。母は化粧をする余裕もなかったの
に、私は食べ物に困った覚えも、みすぼらしい服を着た事もない。本当にギリギリの状態で工
面しながら私を育ててくれていた。感謝より先に申し訳なさを感じました。勝手にひねくれて
ごめんなさい。
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私は家に戻って、ようやくまともな生活を送れる様になりました。
(拭き掃除をしながら)『…』
「いつまで掃除してんの」
(拭き掃除をしながら)『んー?』
母は昔から掃除が好きではあった。にしても、一日中、同じ場所で掃除をする様になりまし
た。
(拭き掃除をしながら)『…』
「そこ、さっきもやったでしょ」
(拭き掃除をしながら)『でも汚れてるの』
「もうやめなって」
(拭き掃除をしながら)『汚れてるの!』
初めて母が私に向けて大きな声を出しました。知らない人みたいで、正直、戸惑ってしまっ
て…。
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母が近所のスーパーで万引きをして捕まりました。お店の人は顔馴染みで、私がすぐ迎えに行
ったのもあって警察には通報しないでくれました。母もどうしてやってしまったのか分からな
いと混乱して、私に何度も何度も謝って、またやってしまうのが怖いからと外に出るのを嫌が
る様になって、それから段々、表情も暗くなっていきました。
「お母さんはずっと働いてたんだから、少しくらい休んだって大丈夫。家の事をやってもらえ
て私は助かってるよ」
頷いてくれたけど、完全には納得してなさそうで。
母は横になる時間が増えていきました。
私が家事に手を付けると『疲れてるのにごめんね』って心底申し訳なさそうにされて、かと言
って食事や後片付けをせずに放っても置けないし…。
もう母もそれなりな歳だから、更年期障害かもって、私は思っていました。
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