青空に金魚
青空に金魚  作 田辺剛

登場人物 ハツミ/ヤスコ/トモノリ

とある地方都市の山の中腹にある小さな廃屋。そこはかつて物置小屋として使われていた。舞台はその室内である。窓とドアがある。その窓からはふもとの町が一望できる。

窓枠に誰かの手がかかる。ハツミが窓から入ってくる。

ハツミ (室内を見て)あれ? ……狭ない? ……ええ?

窓から外を見る。

ハツミ 暑いな、やっぱ。

沈黙。やがてポケットからタバコを取り出してくわえる。

ハツミ ん?

ライターがなかった。

ハツミ ……。

沈黙。

ハツミ いやいやいや……。

ハツミは部屋の隅にある床板の裂け目に手を突っ込み、床下をさぐる。

ハツミ (床下をまさぐりながら)なかったっけ? ありませんでしたっけ?

そして百円ライターを見つけた。しかし、何度試しても火はつかない。

ハツミ (嘆き悲しんで)んんーっ!

沈黙。

ハツミ そこが……無人島だったら……どんなにいいだろう……と、ときどき思う。毎日、芝居の稽古が終わると山手線を逆にまわって、わたしはバイトの居酒屋へ向かう。駅にも電車にも道路にも泥酔した人たちは男女の別なく肩を並べ、街はゆらゆらと揺れていた。店は一次会の終わりと二次会の始まりでごったがえしている。制服に着替え、メニューを持ってわたしは注文を聞いてまわる。残飯を引き上げ、新しい料理を運び込み、狭い店内をかけまわる。店について五分もたたないうちにわたしはフル回転だ。そしてその回転は止まることなく、三十分、一時間、二時間と続く。そしてあるとき、厨房に走って行こうとして後ろから客の呼ぶ声が聞こえた。振り向いたその瞬間わたしは想像する……一瞬のうちに目の前が砂浜になり、海はどこまでも広がって、水平線に真っ白な雲がある。すべての喧噪は波の音となり、その音がどんなに大きくてもわたしは静寂のなかにいる。
そこが……無人島だったら……どんなにいいだろう…… 

沈黙。しばらくして外から物音が聞こえた。

ハツミ (窓から外に向かって)おーお。久しぶり。元気? ……え? ああ、いや。ちょうど着いたとこ、今。……ん? まだ。まだ、来てへん。

誰かが小屋に近づいてきているようだ。

ハツミ なあ、ライターある?
ヤスコの声 ライター?
ハツミ うん。
ヤスコの声 いきなり放火?
ハツミ なんでやねん。
ヤスコの声 まだ再会して一分くらいやのに。
ハツミ タバコ。
ヤスコの声 タバコ吸うん?
ハツミ うん。
ヤスコの声 なんで?
ハツミ なんでって……
ヤスコの声 反抗期?
ハツミ 中学生か、うちらは。
ヤスコの声 ちょっとな。
ハツミ なに?
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