一人芝居「水仙の咲かない水仙月の四日」
三年寝太郎は核戦争を生き延びるか?
一人芝居「水仙の咲かない水仙月の四日」
−三年寝太郎は核戦争を生き延びるか?−
【あらすじ】
地球で核戦争が勃発して、人類が絶滅の危機に瀕している。寝太郎たち、
賢治先生の学校の生徒四人は、そのとき銀河鉄道二泊三日の修学旅行に出かけていて、
難をまぬかれる。地球は核の冬に襲われ、黒い雪が降る。雪をつかさどる雪婆んごが、
雪狼(おいの)や寝太郎に語りかけるかたちで一人芝居が進んでいく。
寝太郎は、友だちが死んでしまった後、自分たちの小屋を捨てて、
嫁ぃさがしの旅にでる。狼森(おいのもり)にさしかかったとき、
雪婆んごが吹雪を起こして、寝太郎に襲いかかる。寝太郎は、動くこともできず、
吹雪の中で眠ってしまうが……。
さて、それからどうなるか?そこは見てのお楽しみ。
では、とざーい、とざーい、一人芝居「水仙の咲かない水仙月の四日」のはじまりー、まじまりー
【登場人物】 雪婆んご
(物語は、唯一の登場人物である雪婆んごが、手下の雪狼(ゆきおいの)、あるいは寝太郎に話しかけるというかたちで進んでいく。)
【おねがい】 宮沢賢治にならって、狼は「おいの」と読んでください。
(だから、雪狼は「ゆきおいの」、狼森は「おいのもり」となります。)
幕があがる
(舞台背景に核戦争後の荒涼たる遠景が映し出されている。空は暗雲に覆われ、
薄暗い舞台に電信柱の列が見える。)
雪婆んご ああ、久しぶりだよ、まる一月ぶりかね、この地方に帰ってくるのは。
狼森でこうしてお前たち雪狼に迎えてもらうと、やっぱり生まれ故郷はいいやね。
この象のような丘からの見晴らしが何より……と、おやおや、学校の裏山からこの丘を
一人でのぼって来るのは寝太郎じゃないのかね。瓦礫だらけの校庭に建てた
ダンボールの小屋を捨てて出てきたんだよ。あんな小屋だから、未練はないだろうけど……
赤い毛布(ケット)を羽織って……あの毛布どうして手に入れたのかね。
体裁なんて言ってる場合じゃないけど、ひどいかっこうだね。
自分の世界にはまってて……何かぶつぶつ言ってるよ。耳のいいお前たちには
聞こえているだろう。どれ、何、何ぃー、「寝太郎ぁ、嫁ぃほしい、ほしい。」って、
何だね、そりゃあ……、あの子は自分のことを寝太郎という癖があってね、
それはいいとしてさ、「嫁ぃほしい」というのは、どういうことなんだろうね。
あまりのショックで気がおかしくなっちまったのかね。おや、立ち止まって、
空を見上げてるよ。お天気でもうかがっているのかしら。わたしの方を見ているよ、
わたしもお前たちも人間には見えはしないはずだけど、あの子には気配を感じる能力でも
あるのかしら……。でも、今日出発するっていうのはどうかね。わたしが帰ってきたからには
ただではすまないよ。そら、雪がちらちらしてきた。(灰色の紙吹雪がちらほらと降ってくる。)
風花だよ。雪のにおいは……やっぱりしないね。灰色にくすんだ空から黒い風花だもの……。
でも、きょうは水仙月の四日、幸先よしとはいかないか、なにしろ、わたしが帰ってきたんだから、風花だけじゃあすまないよ。
わたしは雪婆んご。女だからってなめるんじゃあないよ。わたしの恐ろしさをいちばん
よく知っているのはお前たち、雪狼(おいの)かね。……(観客に向かって)雪婆んごといっても
いまどきのみなさんには分からないだろうけど、まあ雪女といったところかね。
それを雪婆さんと書いて雪婆んごと読ませてるわけ。でもさ、この婆さんの字、
これはいただけないよ。まだ、そんな歳でもないのに……、他の地方じゃ雪女というところも
あるんだから、せめて雪年増ぐらいにしておいてくれたらいいじゃないか。そりゃあ、
髪はぼやぼやした灰色で、それでふけて見られるんだけど、まだまだ若いんだよ、
まあ人間でいやあ四十といったところかね。わたしが化粧しているのを年齢に疎いものが
みたら充分その歳に見えるはずだよ。「水仙月の四日」を書いた宮沢賢治はね、
わたしのことを「猫のやうな耳をもち、ぼやぼやした灰いろの髪をした雪婆んご」
というふうに描写しているんだけどさ、わたしの耳がほんとうに「猫のやうな耳」なのか、
「ぼやぼやした灰いろの髪」なのか、わたしには分からないのさ。第一鏡を見たことがないんだよ。
自然界に鏡なんかないしさ、そのかわりに池の水面があるってもんだけど……、
ところがそうもいかないのさ。わたしがのぞき込むと、どこの池の水も、
あわてて白く凍り付いて顔を映せなくしてしまうんだよ。まったく、いけすかないやつらだよ。
これは駄洒落、雪婆んごだけにさむーい駄洒落、まあ、かんべんしておくれ。
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