朗読・雪のひとひら 作 ポール・ギャリコ
N1「雪のひとひらはある冬の日、地上を何キロも離れたはるかな空の高みで生まれました。」
N2「それまではただ、大きな山の頂を漂っていた雲から、雪が降り始めました。」
N3「つい1秒前までは何物もなかったところを、雪のひとひらと大勢の兄弟たちが空から落ちてきたのです。」
Y「まあ、おちる、おちる、おちる!」
N1「やさしく風にゆられ、見知らぬ世界に浮かび出ていました。」
Y「私はいつ生まれたのか、どのようにしてうまれたのか。」
N2「雪の人ひらには見当もつきません。あたかも、深い眠りから覚めたときにそっくりでした。」
Y「わたしはいまここにいる。けれど、元はどこにいたのだろう?この私と沢山の兄弟たちを作ったのは、果たしてどなただろう?」
N3「辺りを見渡すと、目の届く限り一面、真っ白な雪化粧でした。」
Y「おかしなこと。」
N1「生まれたばかりの大勢の兄弟たちのなか。それでも、寂しくてしかたがないのでした。」
N2「そう思った途端です。何か懐かしくやさしい思いやりが、自分を包みこんでいるのに気がつきました。」
N3「雪のひとひらは、そのここちよさ、幸せに身をゆだねました。」
Y「もう、ちっともさびしくない。」
N1「ただ、自分自身の秘密がとけたわけではありません。この身を作りだしたのは誰なのか。」
N2「そして、この心温まる温もりはどこからくるのか。」
Y「この先まで行けば、解るかも知れない。」
N3「その、どこから来るのかわからない温もりに答えるためにも、雪のひとひらは決心するのでした。」
N1「まもなく、下に何があるのかがわかってきました。」
N2「山や森、転々とする家や家畜小屋。玉ねぎみたいな尖塔のある、教会もありました。」
N3「兄弟たちは、木々や岩など、手当たり次第にとりつきました。中には散歩中の老人の、もじゃもじゃの眉毛にとまるものまでありました。」
N1「そして、雪のひとひらも、教会と学校のそばに、ふわりと落ちました。旅は終わったのです。」
Y「それにしても、こんなに多くの兄弟たちを世にあらしめるなんて、よほどのお方に違いない。」
N2「いつしか吹雪も止み、あたりも明るくなってきました。山頂から、太陽が顔を覗かせています。」
N3「それにしても、なんと美しい景色でしょう。優しい風に巻き上げられた雪の結晶たちは、太陽の光に反射してばら色に光るのでした。」
N1「そしてそれは、太陽のある山頂までずっと続くのでした。」
Y「美しさってなんだろう。」
N2「楽しそうに学校に通う青い目の女の子や、ゆっくりと歩みを進める優しい顔の雄牛。空や山。」
N3「雪のひとひらは考えます。青い目の女の子は、私をうきうきさせるためにいるのか。それとも、私が彼女のためにいるのか。」
N1「ゆったりと進む時間の中で、雪のひとひらもまた、ゆっくりと考えを巡らせました。」
N2「先ほど山頂から顔を覗かせた太陽が、高く高く上り、そしてすこし傾き始めた頃、学校からは綺麗で重厚な鐘の音が響きました。」
N3「すると間もなく、朝通った青い目の女の子が男の子を二人連れて、やってきました。」
N1「二人の男の子は、どちらが女の子を笑わせるかを競っています。雪のひとひらはまたうきうきしながらそれを見守ります。」
N2「その時です。二人の男の子は、周りの雪を丸くかき集めはじめました。そしてなんと、その表面に、雪のひとひらも巻き込まれてしまったのです。」
N3「学校のヒュスリ先生にそっくりだと言って、笑いながら三人は去って行きました。」
Y「ああ、いったい何故こんなことになってしまったの。」
N1「想いはいつも、何故という言葉に帰っていきます。何故生まれたのか。何故こんなことになってしまったのか。」
N2「何故偉大なあの人は、青い目の女の子ではなく、雪のひとひらとして私をお産みになったのか。」
N3「雪のひとひらは悲しくてしかたありませんでした。」
Y「学校へ行って、お友達に恵まれるなんて、さぞかしたのしいでしょうに。」
N1「けれども、まもなく元気を取り戻します。雪だるまのそばを通る人々が、ヒュスリ先生そっくりの姿を見て、大いに笑うからです。」
N2「人が笑うことは良いことのようです。雪のひとひらは、そばを通る人がいつふきだすのかを心待ちにするようになりました。」
N3「ですが、一人だけ笑わない男がいました。ヒュスリ先生、その人です。」
N1「先生はステッキを振り上げ、雪だるまを叩き割って、ついには粉々にしてしまいました。」
Y「やめて!誰か助けて!」
N2「誰にも声は届かず、代わりにまた雪が降ってきました。何度も降っては止み、また降る。雪のひとひらはずいぶんと埋もれてしまいました。」
Y「もうきっと、あの青い目の女の子に会うこともないのね。この身はきっと、日の出を見て女の子や人々を少し笑わせるためだけにここにやられたんだわ。」
N1「シンと静まりかえった雪の中、この時間が永遠に続くことを覚悟しました。」
N2「大変な時間が経ったある日、太鼓のような音で雪のひとひらは目覚めました。」
Y「聞いたことのない音、いったい何かしら?」
N3「そして、徐々にあたりは明るくなり、ついには雪のひとひらはお日さまと再会するのです。」
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