The Bridge
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 息も詰まるような一面の夜霧の中、うす橙のガス灯に照らされた橋のたもとでぼくは貴方を待っていました。
 熱にうなされた街の中でその橋の一角だけは時間から切り離され、ただ何もない宇宙の中に漂っているようでした。霞んだ夕陽の色の光が黒い河の水面にいくつも浮かび、ゆらゆらと揺れていました。
 あなたは小さく手を挙げて、「お待たせ」と声をかけてくれました。僕は小さくうなづいて川に浮かぶ光にまた目を向けました。
 すると川上のほうから、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきました。
「なんだ、桃太郎か」とあなたに向かって笑いかけると、「そうね、桃太郎ね」とあなたは答え、また二人で川面を見つめていました。
 いつまでも二人でこうしていたいと思ったのですが、橋の向こうから、一組のカップルがこちらに向かってきました。そして道の反対側、川下側の欄干に二人でもたれかかり、いきなり抱き合って口づけをかわしました。
「だれか見てるわ。」「アホ、誰もおらんわ、大丈夫やて」
 もちろん女のほうが正しかったのですが、女もやがてそんなことはどうでもよくなって行為はどんどんとエスカレートしていきました。二人のことを気にしていると、いつの間にかあなたの姿は見えなくなりました。
 僕は人並みにいやらしい人間ですが、他人のそういう行為はできれば見たくはないと思っています。それに、あなたの姿が見えなくなったので、僕はなんだか腹が立ってきて二人のほうに歩いていきました。二人はあっさりと行為を終えると、黒い川に手に手を取って飛び込んでいきました。
 彼らも、ぼくの仲間だったのかもしれない。。 ぼんやりそう思いました。
 川の両岸の裸木は、だんだん白くいや薄紅色に染まり、気が付くと一面の桜並木になっていました。木の上で一人の男がギターを弾いて歌うは「桜坂」よく見るとその男はまさに福山雅治その人でありました。
 福山雅治のそばに寄り添うあなたの姿。幸せに暮らすがいい、と僕は川下側に振り返ると、川岸で星を見つめながら歌う男、曲は「夜空のムコウ」。その影はたしかに木村拓哉でありました。そしてそのそばにもあなたがおりました。
 とりとめもなき出来事の連なり、おそらくこれは夢の中のことであろうとぼくは考えておりました。夢の中ならば好きなことができる。あなたが福山とキムタクならば、ぼくは壇蜜や橋本マナミとしっぽりといきたいなどと不埒なことを考えておりましたが、思うようにはいかないものです。ああ、人生は思うままにならず、夢の中でさえ思うようにならず、楽しきこの世をおくるものだけが楽しき夢を見る。とかくこの世は不公平でございます。
 夢ならばいつかは終わる。−しかしこの橋の上の世界はいつ終わるとも知れず、僕はずいぶんと長い事ここにいるような気がしておりました。

 時に聞こえるアコーディオンの音色。誰が奏でているのかわかりません。いやきっと近くで誰かが引いているに違いないのですが、ぼくにはその姿が全く見えていないのです。 きっと夢の案内人が弾いているのでしょう。彼こそが夢を操る悪の元締めなのかもしれません。この世界を支配する陰謀の正体。フリーメイソンかイルミナティかはたまロスチャイルドか。夢の中であろうがうつつの世界であろうが人はいつも誰かに操りつられ、ついのアゲハの誘い誘われ。僕のすべては操られ。貴方も世界も思うままにならず。アコーディオンの調べさえ思うままにならず。
 おい、アコーディオン、ぼくのリクエストを聴いてくれないのか?? 

 いうこと聞いてくれません。

 古くなった写真の色はセピア色、過ぎ去った遠い思い出の景色はすべてセピアの色に染まっていきます。ならば過ぎ去った思い出の音はどうなるのか。きっとアコーディオンの音色に染まっていくのでしょう。母親の腹の中で聞いた鼓動の音も、友達と遊んでいた広場で聞いた突然の雷鳴も、初めてのロックコンサートの爆音も、はじめてあなたを抱いた時の喘ぎ声も、すべては色を失いアコーディオンの音色に代わるのでしょう。
 この場所に聞こえる音はアコーディオンの響きのみ。他には何も聞こえません。
 ならば僕はきっと思い出の世界にいるのでしょう。
 一秒一秒積み重ねてきた思い出の涙の川の岸にたたずみ。ただ過ぎ去った日々を抱いて動くこともできず。

 でも僕は思うのです。また明日の朝目覚めて、あなたに「おはよう」と言いたい。
 それは眠るときにあなたに「おやすみ」と言った時の約束だからです。
  
 そしてぼくは貴方を待っていました。
 あなたは小さく手を挙げて、「お待たせ」と声をかけてくれました。僕は小さくうなづいて川に浮かぶ光にまた目を向けました。
 すると川上のほうから、大きな桃がどんぶらこ、どんぶらこ、と流れてきました。
「なんだ、桃太郎か」とあなたに向かって笑いかけると、「そうね、桃太郎ね」とあなたは答え、また二人で川面を見つめていました。

 いつまでも、いつまでもこの川です。
 いったいこの川はどこの川なのか。東横堀川か土佐堀川か、さては鴨川生田川、神田川から隅田川、北上川か最上川。命流るる太田川、
 いやいやいっそのことならこの川は、パリの空の下流るるはセーヌ川、霧に埋もれたテムズ川、凍てついた十番街の向こうはハドソン川。
 砂漠を潤すナイル川、赤壁臨む揚子江、春まだ遠きアムール川
 さては鳥も渡れぬイムジン川。
 
 しかしこの川はどこにもない川、どこでもない川。
 人に恋し、夢に破れ、何かを成し遂げ、誰かを失い、荒ぶる心で街をあてどなく彷徨い、たどり着くといつもそこには川が横たわっていた。そしてその川を渡るのか、そこで引き返すのか迷っていると、いつも目が覚める。

 幸せな場所にいたとき、ぼくはいつかその場所を追われることをしっていました。
 悲しい場所にいたとき、僕はいつまでもそこから抜け出せないのではないかと恐れました。とくに誰かを失った悲しみの場所にいると、そこから立ち去ることは許されないのではないかと思ってしまうのです。ぼくはそんな悲しみの橋の上に立ち止まっているのでしょうか。
 でも、悲しいわけではないのです。橋の下に流れる川が悲しみの川だとしても、今いる場所は悲しみの場所ではない。

 橋を渡れば、すべては消えてなくなります。

 ぼくは目を覚まし、あるいは二度と目覚めることなく、ここから永遠に立ち去ることになる。そしてこのアコーディオンの調べの流れる限り、僕はここから動くことはない。


2 
 

 最近の若者は「青春」という言葉を言葉を使いたがらないようです。何やらこっぱずかっしい気がするんでしょうか。かくいうわたくしも「青春」などと口にすると余計に自分が年を取ったような気分になるものです。
 なぜ「青春」という言葉が恥ずかしいのか。何を恥じることがあるのかと申しますと、やはりこれは恥ずかしいことをしたからなのではないかと思うわけです。
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