麻布十番テーラー遠藤

   

            筑田周一作


    麻布十番テーラー遠藤


        女子聖学院高等学校
    キャスト

    遠藤富               三女 女子聖学院二年生 
    遠藤寿子              富の母 
    遠藤和               長女 代用教員
    遠藤栄               次女 女子聖学院四年生
    マサ                   テーラー遠藤の弟子
    佐和子               和の教え子
    幸子                   和の教え子

    1 古川のたもと
    幕が上がる。
    舞台中央に畳の部屋。ちゃぶ台がある。上手からマサが出て来てちゃぶ台を拭く。夕飯の準備が始まる。寿子と栄が出てくる。下手から遠藤富登場。セーラー服(冬服)にモンペ姿。母寿子の姿を見つめ、客席に向けて笑顔。
    路面電車の走る音。
遠藤富   私の大好きな街は、路面電車が走ってました。当時、私たちはチンチン電車と呼んでたんです。きっと皆さんも聞いたことありますよね。チンチン電車の停留所は、一の橋、二の橋、古川とあって、古川の停留所のあった所が、今でいう麻布十番です。古川を隔てて川向こうは屋敷町。伊藤博文邸、平沢大臣のお屋敷、各国の大使館がありました。有栖川公園や東洋英和もすぐ近くでした。うちはニの橋の停留所の向かい側にありました。テーラー遠藤の看板を出したうちは、停留所からみると二階建て、川沿いからみると三階建ての家でした。私はそんな遠藤家の三女に生まれました。
    昭和十八年、大東亜戦争が始まってまもなく一年。私は中学校二年生でした。
寿子   富ちゃん、ご飯ですよ。
富    はーい。
    部屋に入る富。和が帰ってくる。
和    ただいま帰りました。
栄・富   お帰りなさい。
富    和お姉ちゃん、お仕事、お疲れ様です。
和    富、しっかり勉強してきた?
富    はい。
和    お国のために、毎日しっかり務めるんですよ。
富    はい。
栄    すっかり国民学校の先生になったね、和ちゃん。
和    まだまだ、先輩の先生方に教えていただくことばかりよ。
寿子   今日は平沢大臣のオタクからイワシをいただいたので、梅干しと一緒に煮付けたのよ。
富    イワシの煮付け?
寿子   しかも特大の!
富    わー、嬉しい。
寿子   一人に一匹ずつありますからね。
富    やったー。
マサ   平沢大臣は背広がいたく気に入られたとかで、私たち弟子にもお裾分けをいただきました。
和    マサさんの腕はもう一級品だってお父さんが褒めてらしたわ。
マサ   勿体無い。まだ修行中の身です。
富    お父さんは?
マサ   まだお仕事があるので、先に召し上がっていたてくださいとのことです。
    マサ、退場。四人ちゃぶ台を囲む。
寿子   じゃ、富ちゃん、食前の感謝をお願いします。
富    お祈りします。御在天の主、父なる御神、この糧を与えられしことを感謝たてまつる。平沢大臣閣下の上に祝福のあらんことを。この糧により新たな力を与え給え。主イエスキリストの御名により祈りたてまつる。
四人   アーメン。
富    いただきまーす。
富    お母さん、ハギレをたくさん頂戴な。
寿子   いきなりどうしたの?
富    遠藤さんちは仕立屋さんだから、ハギレもたくさんおありでしょうから、ぜひたくさん供出して下さいって、先生が。
寿子   まあ、先生が。ハギレはあるけれど、何に使うの?
富    傷病兵さんに差し上げるの。
寿子   ハギレを?
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