猛き炎は導となりて
カンテラ町シリーズ:外伝
0:カンテラ町・「二番街」。
0:赤ん坊を抱いた女性が慌てた様子で走っていく。
0:やがて一軒の民家に辿り着き、戸を叩く。
焔:睡蓮(すいれん)! 睡蓮! いるかい!?
0:戸が開き、中から女性が顔を出す。
睡蓮:そんなに大声を出さなくても聞こえているわ。
焔:すまん、ちょいと手を貸しておくれよ。全然泣き止まないんだ……。
焔:ど、どうすりゃいい? 何かの病気なのかい、こいつは……。
睡蓮:貸して。
焔:あ……ああ。
0:おそるおそる赤ん坊を睡蓮に渡す女。
0:慣れた手つきで赤ん坊をあやす睡蓮。
睡蓮:よしよし……大丈夫よ。怖くない、怖くない……。
0:やがて赤ん坊が泣き止む。
0:胸をなでおろす女性。
焔:はぁ……大したモンだ。どんな魔法なんだい、そりゃあ。
睡蓮:母の不安を子は感じ取るものよ。たとえ赤ん坊であってもね。
焔:あ、あたしが悪かったのか?
睡蓮:面白いわねぇ、あなたほどの女が慌てふためいて……。天下の九尾様が。
焔:昔の話だよ。……悪いね、助かった。
睡蓮:上がっていけば? お茶くらいは出すわ。
睡蓮:ちゃんとあなたの口に合うものを。
焔:いいのかい? 息子は?
睡蓮:もう寝てるわ。あの子は眠りが深いから心配しないで。
焔:ん……じゃあ、お言葉に甘えようかね。
0:胸に抱いた赤ん坊の顔を覗き込む睡蓮。
睡蓮:あら、この子……良い夢を見てるわね。とても美味しそう。
焔:オイ。
睡蓮:ふふ、冗談よ……。
0:睡蓮に促され、民家に入っていく女。
焔:(カンテラ町に流れ着いてから半年ほどになる。)
焔:(決して良い暮らしとは言えないが、あたしのようなモンが住むには都合がいい。)
焔:(ここは化け物も人間も入り乱れている。その境界は紙一重だ。)
焔:(ひっそりと二人で生きていくには丁度いいさね。)
0:お茶を置いた睡蓮が赤ん坊の寝顔を覗く。
睡蓮:大きくなったわね、鱗(りん)くん。
焔:そうかい?
睡蓮:子どもの成長の早さには驚かされるわね。人間も同じ……。
焔:あまり上等なもんは食わせてやれねぇんだけどね。まぁ、そう映ってるんなら何よりだ。
睡蓮:逆にあなたは痩せたわ、焔(ほむら)。
焔:いいんだよ、あたしは……。
睡蓮:このまま人を喰わずに生きていくつもり?
焔:……ああ。
睡蓮:身が持たないわ。「飢えの苦しみ」を味わうことになる。
焔:それでも、だ。金輪際、人間は喰わないと決めた。
睡蓮:なぜ……。
焔:「人間」としてこの子の母でありたいんだ。
0:揺るぎのない焔の瞳にため息をつく睡蓮。
睡蓮:物好きねぇ。
焔:我ながらそう思うよ。
睡蓮:なら、これ以上は何も言わないわ。あなたの決めた道を行きなさい。
睡蓮:手は貸すわよ……友人として。
焔:すまん。恩に着る。
睡蓮:気にしないで。化け物のはぐれ者同士じゃない。
焔:あんたはそうは見えないねぇ。人間によく馴染んでる。
睡蓮:ふふ、私はしっかりと化け物よ。ここに暮らし始めてからもたくさんの夢を喰ってる。
睡蓮:もう、戻れないわね……この味を知ってしまっては。
焔:全部喰っちまうつもりかい?
睡蓮:まさか、「暴食の王」じゃあるまいし……。あくまで穏やかに暮らしたいのよ、私もね。
焔:難儀な性(さが)だね……お互いよ。
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