遠雷にさよならを

遠雷にさよならを


小町:「夢路には 足も休めず通へども うつつにひと目 見しごとはあらず」



翔琉:お待たせ。待った?
小町:ううん。いま来たとこ。なんちゃって。

翔琉:今日も暑いな。まだ7月なのに蝉も五月蠅いし、もう夏って感じだな
小町:そうだね〜。蝉触るのは無理だけど、鳴き声はそんな嫌いじゃないよ
翔琉:あぁ、小町は賑やかなの好きだったっけ
小町:うん。だから夏はすきなの。昼も夜も、音がたくさんで。
翔琉:ま、こんな田舎じゃ静かすぎて寂しいもんな
小町:ほんとだよ。はぁーあ、隣町のショッピングモールとかに買い出し行きたいな。
翔琉:デートで電車乗って隣町とか行ってたの、懐かしいな。あっちは賑やかでさ。
小町:一個町が隣なだけでなーんであんなに違うんだろね。
翔琉:俺も、学校なんとか卒業した後は町を出ようかとも思ったんだけどさ、中々踏ん切りつかなくて。
小町:地元に残るってのもいいんじゃない?
翔琉:まあ、転職とかも今更面倒だし。
小町:まーた翔琉の悪いとこ、でてる。めんどくさがりは治んないなぁ。
翔琉:人の性格とか癖って、やっぱどうしようもないんだよな。
翔琉:小町も、高校の頃クラスメイトとかに、あんだけ完璧超人みたいな風に言われてたけど、雷が怖いのだけはどうしようもなかったもんな。
小町:あっ、あれは
翔琉:高1の時の夏だったね。台風がきて、大きい雷が落ちた時、授業中なのに小町が絶叫してさ。ふふっ。
小町:仕方ないじゃん!怖かったんだもん。
翔琉:あんまりにも声が大きかったからみんなシーンとしちゃって。
翔琉:先生が「雷より君の方が怖い」って言って、みんな爆笑してたよな。
小町:全然笑い事じゃないのに!私だけずっとびくびくしてて、あの日の授業ぜんっぜん頭入ってこなかったんだよ!
翔琉:思えばあれが初めてだったな。委員長気質でしっかりしてて何かと世話を焼いてくれる小町が、身近に感じたっていうか。
翔琉:あぁ、この人も苦手なものがあるんだなって。それまでは、なんか別次元の人って感じだったから。
小町:翔琉、パッとしなかったからね。前髪で目も隠れてたし。
翔琉:でも、おかげで俺からも話せるようになって、段々接することが増えてって、気づいたら好きになってた。
小町:ちょ、急にさらっと言わないでよ。なんか恥ずかしい。
翔琉:で、小町にいろいろ指導?矯正?されたおかげで、俺は段々真人間になっていって、なんでここまでしてくれるんだろうって考えて、あぁ、この人俺のことが好きなんだなって分かるまで、1年もかかってさ。
小町:ほんと、待たされた。こっちは4月に会った時から好きだったっていうのに。
小町:だけど、待ったかいはあった。
翔琉:学年でも人気の、皆に愛されるタイプの子にちょっと優しくされたくらいで、もしかして俺のこと好きなのかななんて思うのは、それこそダメな思春期男子の思い上がりかとも思ったけど
翔琉:でも、もう関係なかったんだ。俺が小町を好きになってたから。だから、2年に上がる前に、告白した。
小町:お互い、もうなんとなくオッケーするって分かってたのに、手汗すっごい出るくらい緊張したね。
翔琉:今でもあの時のこと思い出すのは、心臓に悪いよ。
小町:でも、嬉しかった。
翔琉:「俺と付き合ってください」って。それだけのことを口にするのに、凄い時間がかかっちゃって。
小町:私も、「はい」って答えるだけなのに、口が上手く開かなかったな。
翔琉:小町の返事が返ってくるまでの間も、本当に時間が引き延ばされたみたいだった。
翔琉:自分の心臓がめちゃくちゃうるさいのに、桜の花びらが落ちる音が聞こえた気がしたんだ。
翔琉:小町の瞳から、目が離せなくて、まつげが震えてるのが分かって、あぁ小町も緊張してるんだなって思った。
小町:翔琉なんて、耳まで真っ赤で、無駄に背筋がぴんとしてて、まるわかりだったよ。
翔琉:返事を聞いて、安心して。二人とも詰まってた息を吐き出した。
小町:長く感じたあの瞬間も、きっと呼吸を止めてられるくらい短かったんだよね。
翔琉:そして、二人して笑い出した。
小町:だって、なんだか急に面白くなっちゃったから。
翔琉:込み上げてくるものを我慢できなくて、しばらく二人で笑ってたよな。
翔琉:その時思ったんだ。この先の人生で、こんな風にお互い笑いあえる時がたくさんあるといいな。
翔琉:ずっと一緒に、居られたらいいなって。
小町:私も、そう思ってた。
翔琉:始めてデート行ったのは、それこそ隣町のショッピングモールだったね。
翔琉:せっかくの初デートなのに、いつもと変わらない時間、変わらない場所で待ち合わせの約束だった。
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