ハッピーエンドのつくりかた
 薄暗い部屋のソファで女性がぐったりと横たわっている。
 一方、机の上の原稿を整理する男性。
 焦点の定まらない目で女性が口を開く。

七倉:死にたい。
篠田:えっ、すいません、今何か言いました?

 ゆったりと女性が体を起こす。

七倉:死にたい、と言ったんだよ。篠田くん。
篠田:死に……えっ?
七倉:何のために生きてるのかわからなくなった。
七倉:ゆえに死にたい。
篠田:ちょちょちょ、どうしたんですか急に。
七倉:急だって? 別に急じゃないよ。
七倉:常々思ってたんだぁ。いや、そろそろかなぁって思ってね。
七倉:来たるべき時が来た感じで。
篠田:やめてくださいよホント。シャレになりませんって。
篠田:とりあえず電気つけますよ。

 部屋の明かりをつける篠田。

七倉:うッわまぶしい。無味乾燥なLEDの光が私の体を蝕んでいく。
七倉:死にたい。
篠田:じゃあ、原稿いただいていきますね、先生。
七倉:ああ、それが私の遺作ということになるだろうからね。
七倉:丁重に扱ってくれ。
篠田:……。

 女性の前へ移動し、カーペットに正座する篠田。

篠田:……本気で言ってるんですか?
七倉:本気だよ。今、どうやって死のうか考えているところさ。
七倉:偉大なる先達にならって入水を図ってみるのも一興かなぁ。
篠田:先生は死ぬべき人じゃありません。
七倉:どぉしてぇ?
篠田:多くのファンがあなたの作品を待ってます!
篠田:僕だってその一人ですよ。
篠田:今、一番大事な時じゃないですか。
篠田:せっかく波に乗ってるところなのに……。
七倉:ありがたいねぇ。多くの読者に支えられ、今の私があります。
七倉:素晴らしいことだ。いち作家として誉れ高い。
篠田:だったら……。
七倉:でも、それはそちら様の都合だ。
七倉:私が死のうという結論に至ったことに関しては何の因果関係もない。
篠田:は、はぁ……。
七倉:君、今めんどくさいと思ったでしょ。
篠田:お、思ってませんって。
七倉:もうね、いいんだよ。
七倉:どうせバッドエンドしか書けないんだ私は。
七倉:それならいっそ私の人生もバッドに終わらせてみたら面白いじゃないか。あはは。

 乾いた笑い声。
 何とも言えない表情を浮かべる篠田。

篠田:(バッドエンドクイーン。)
篠田:(衝撃的なデビュー作で一斉を風靡し、話題覚めやらぬまま文壇を駆け上がっていった新進気鋭の若手女流作家、七倉 詩季(ななくら しき)。)
篠田:(彼女につけられた、あまりにも重い通称だ。)
篠田:(ライトな文体ながら、奥行きのある重厚なストーリー展開。)
篠田:(救いのない結末のなかにも確かにただよう清らかな哀愁。)
1/7

面白いと思ったら、続きは全文ダウンロードで!
御利用機種 Windows Macintosh E-mail
E-mail送付希望の方は、アドレス御記入ください。

ホーム