黒き海のほとりで









「黒き海のほとりで」
          揚誉
















{登場人物}
  ミドリカワ・ヒャッキロウ(30代後半)
・・・指名手配中の逃亡犯。
  アカリノ・ヒノメ(30代後半)
・・・ミドリカワの幼馴染み。








舞台上は真暗闇。
岩を打ち砕くような波の音が聞こえてくる。

ゆっくりと溶明。
そこは、と(・)ある(・・)岬の先端になっている。
舞台奥は、断崖と海だが、あるということが分かればよく、特に装置の必要はない。
飛び越えられそうなくらい低い生垣が、人が一人座れるくらいの大きさの(自然)石を取り囲んでいる。

その生垣の横には「危険! 飛び降りるな! まずは連絡○○○○―○○○○」と電話番号が書かれた立て看板が見える。
だが、その電話番号は、文字が薄れていて、途中までしか見えていない。

色あせた古い写真から、滲(し)みだしてきたような男が一人、(自然)石に座っている。
男の名前は「ミドリカワ・ヒャッキロウ」
ミドリカワは、ゆっくりと顔を上げて、観客席を見る。

ミドリカワ (薄笑いを浮かべて)何も怖がることはないだろう? 特別指定の指名手配犯だからといって、別に怪物ってわけじゃない。(両手をひろげて)ほら、まだこの通り、人間って名前の生き物なんだからさ。「ミドリカワ・ヒャッキロウ」だ。よろしく頼むよ。・・・ああ、もちろん。あんたらマスコミのご要望にお応えしたら、そうするつもりだ。まあ、担保は何にも差し出すことはできないが、それは信用してくれ。(疲れたように顔を撫であげて)何というか、事実は、小説よりも奇なり、だぜ。本当に、それでもいいんだな?(うなずいて)・・・分かった。納得しているんだったら、話してやる。(薄笑いを浮かべて)事実よりも奇なる、神秘ってやつをな。(少し考えて)そうだな、そもそものはじまりは、俺が、あいつに出会ったときからなんだ・・・。ん? いやいや。アラカミ教祖のことなんかじゃない。・・・ヒノメだよ。「アカリノ・ヒノメ」 俺の、幼馴染みのことさ。(顔をしかめて、手を振って)煙(けむ)に巻こうだなんて、思っていやしないさ。あいつのことを話さなきゃ、教団のことは語れない。もちろん、あの大罪のこともだ。(呆れたように)・・・だからな、いいかい、俺たちが辿り着こうとしているのは、神秘の核心ってところなんだ。そんな、奇想極まる怪(あや)しの世界を納得してもらおうと思っているのに、普通の説明で分かってもらえるわけがないだろう? だから、別の道を辿るんだ。それこそ、茨の散りばめられた、(薄笑いを浮かべて)狭き道ってやつをさ。・・・ああ、もちろん、聞いてもらった後は、あんたら次第だ。忘れてもらっても構わないし、記憶の片隅に、しまいこんでもらっても構わない。ただ、いまは黙って、俺の話を聞いてくれ。それが、俺にできる、精一杯の、罪滅ぼしなんだから。(少し考えて)・・・あれは確か、小学生、いや、幼稚園のころだったか。気が付いたら、あいつは、俺のそばに、ひっついて(・・・・・)いた。あいつの自宅だった、西洋造りの洋館、そこで俺たちは、いつも、ひっつき(・・・・)ながら遊んでいたんだ。・・・いやいや、そんな、ませた遊びなんかじゃない。まあ・・・(苦笑して)忘れちまったがな。それくらい、大した遊びじゃなかったってことなんだ。ただ、一つだけ、はっきりと覚えていることがある。(少し考えて)・・・いつだったかは忘れたんだが、ひっつき(・・・・)遊びに飽きた俺が、家に帰ろうとしてたとき・・・、いや、トイレに行こうとしてたときだったかな・・・。ま、とにかく、何かの用事があって、あいつの部屋のドアを開けて、外の廊下に出たんだよ。そしたら、何か、騒々しいざわめき声が聞こえてきて、で、何だろうと思って、そのざわめき声の方に目を向けてみると・・・、(上手の方に一度目を向けてから、正面に向きなおって)廊下の窓から見える外の空き地に、溢れかえらんばかりに大勢の人たちがいて、その人たちが、一斉に俺の方を向いて、手を振っているのが見えたんだ。あれ? 何でこの人たちは、俺にさよなら(・・・・)しているんだろう? そう思った俺は、その、大勢の人たちに向かって、思わず、手を振り返してしまったんだよ。

この辺りから、照明が薄暗くなってくる。

ミドリカワ そしたら、急に辺りが、日蝕にでも覆われたかのように日が陰ってきて、そして、手を振っていた人たちも、その暗闇に飲み込まれるように見えなくなって、それで俺は、咄嗟(とっさ)に、外を見るのを止めようと、備え付けのカーテンに手を伸ばすと・・・。
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