Stairway to Heaven(短縮版)
あの世へ帰りたい
まえがき

 人生にリセットボタンがあるなら、今すぐ押してしまいたいと密かに思っている人は結構多いと思います。
 最近よく分からない事件が多発していますが、その多くは、「そんなことで死ぬのか」「そんなことで殺すのか」という感じで、いとも簡単に自分(や他人)のリセットボタンを押すような出来事です。そんなに簡単に死ねるのなら、じゃあ生きてるって何なのだろうと改めて考えてしまいます。命の価値を裏付けていた思想がことごとく無力化してしまった現在、いつでも押せる命のリセットボタンを持つことが、案外正しい処世術なのかも知れません。
 ただ「命のリセットボタン」は、正確には「命の強制終了メニュー」というべきでしょう。そしてそれは、実は誰もが遺伝子の中に持っているものなので、とりたてていうほどのことではなく、じゃあ、死ぬことにも特別な価値などないのだな、ということになるのです。だとすれば、実は大して価値のないことを巡って人は何故あんなに大騒ぎをしなければならないのだろうと考え始めると、謎は深まるばかりです。
 神出鬼没・変幻自在のFBI第二回公演です。本日はご来場有り難うございます。最後までごゆっくりお楽しみ下さい。

二〇〇〇年 二月

登場人物





  村上真司(SKY)
  岸谷大(ユッコ)
  橘知世(とも)
  平塚理子(林檎)
  深町彩花(トゲピー)
  草川幸恵(屍羅逝)
  飯島直美
  息吹浩明

PROLOGUE

     音楽とともに明かりが入る。
     まるで闇に沈んだ森のように、客席に背を向けて五人の人間が立っている。
     舞台中央に現れる、一人の女(=橘知世、ハンドルネーム・とも)。

知世 砂漠に不時着した飛行士のように、電子の砂の海をあてどもなく彷徨う時、人は不意にあの森の夢を見る。

     背を向けていた人間の一人(=女4)、客席の方に向き直る。

女4 日常は退屈だと気付いてしまったあなたへ。あなただけの物語を求めて裏切られ、帰り道をなくしてしまったあなたへ。生きることも、死ぬことも、何もかもがもうどうでもいいと思えるあなたへ。早くこの世から消えてしまいたい、「無」に帰りたいけれど、一人では怖いあなたへ。私も同じ気持ちです。
知世 森へ。約束のあの森へ。日常の生活から離れた、あの森へ。
女4 もし私と考え方や希望する手段が合うのなら、一緒にあちら側へ逝きませんか?

     背を向けたままの人間達、まるで森が目覚めるように会話し始める。

女3 初めまして。
男1 初めまして。
知世 自分を捨て、この世を捨てられる、あの森へ。
女4 私自身とは合わなくても、ここ「電脳樹海倶楽部」であなたにぴったりのお相手を見つけることができます。秘密は厳守します。
女2 実は私、行きたかったんです。
男2 私も、ずっとあそこに行きたかった。
女3 じゃあ、あの森で会いましょう。
男1 まだ行ったことはないけれど、何だか妙に懐かしい、あの森で。
女2 彼岸へと真っ直ぐに続く道が見える、あの森で。
男2 人間が捨てた苦しみや悲しみを養分にして広がり続ける、あの森で。
女4 誰にも分かってもらえないあなたを優しく受け入れてくれる、あの森で。
知世 私は帰る。親や友達や世間が着せた偽りの私を脱ぎ捨て、あの人から選ばれなかった憎むべき私を忘れるために。そこで私は、全てを終わらせよう。この世とあの世の境目に真白き砂漠のように横たわる、

    背を向けていた人間達、一斉に客席の方に向き直る。

全員 約束のあの森へ。

     音楽、高鳴る。
     知世と女4以外の四人、お互いに顔を見合わせる。
     そして、全員、幻の天国への階段を探すように、ゆっくりと天を仰ぐ。
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