southeast
southeast 作:田辺剛

【登場人物】
アキヒサ/吉田/男
ナツキ/桐島/女B
フユミ/佐々木/女A
  *以上の役が三人で演じられる。

1.男の白昼夢。砂漠。***。

ヘリコプターが飛び立っていく。砂漠には一人の男が立っていた。巻き上げられた砂に視界をさえぎられながらも飛び立つヘリコプターを見ている。その轟音が空気と地面をビリビリと震わせる。男は沈黙していた。高度を上げたヘリコプターは男の頭上を旋回しながら去っていく。それが太陽と一瞬重なった。太陽を直視した男は軽く呻いて目をそらした。ヘリコプターが去ると、男の周りには何事もなかったように沈黙が戻ってきた。風の音が聞こえる。耳を澄ますと、遠くにまだあの音が聞こえるが、すぐに聞こえなくなった。遠くにポツンとなにかが立っているのが見える。サボテンだろうか、よく分からないけれども、その存在はかえって砂漠の広大さを教える。男は焦りも不安も感じてなかった。不思議なくらい冷静に、ただ立っていた。

男 ヘリコプターは僕の頭上をゆっくり旋回して、そして加速をつけて直線をたどっていった。その動きを僕はなにも考えずに、ただ目で追っていた。ヘリコプターは一瞬太陽と重なった。僕は太陽を直視し、あまりの眩しさに目をそらす。目をつぶった僕はそのとき、空が晴れていることを知った。もっとも…それだけだった。ヘリコプターが遠くに去っても、しばらく僕の認識は止まったままだった。混乱していたのではない。それは非常に静かで、スイッチを入れる直前のような状態だった。シンとしていた。頭も身体も世界も静まりかえっていた。十分、三十分、一時間、あるいは二時間…ヘリコプターがここにあったことが信じられなくなったころ、僕の認識はやっと動き出した。

風の音が聞こえてくる。

男 まず、風があった。口の中が砂っぽかった。日の光が鋭く、暑かった。汗はすぐに蒸発した。周りにはなにも…遠くに植物らしきものがあるだけだ。空には太陽があった。だからだいたいの方角は見当がつく。しかし、どちらに行けばいいのかを僕は知らなかった。「ここはどこだ。」…やっと認識は思考をうながした。すると次から次に疑問がわいてくる。なぜこんなところにいるのか、あのヘリコプターはなんなのか、あれに乗せられて来たのか、なぜ乗せられてきたのか、ここはどこなのか、どこへ向かえばいいのか、このまま死んでしまうのか、これは冗談なのか、ここまで迎えは来るのか、歩くしかないのか、どこかに着くまでどのくらいかかるのか、そもそも今日は何曜日なのか、日付は? ここに来てどのくらい時間が経ったのか…次々とわいてくる疑問に対して、けれども答えは一つも出てこなかった。はっきりしていること…それはとりあえず死ぬ気にはならないということ…ここに立ちつくすよりかは歩くほうがいくらかでもましだと判断できた。ヘリコプターが去った方向が唯一根拠のある方角だ。周りを認識し始めて数秒後、僕は歩
き出そうとした。

そのとき男は靴のなかに異物を感じた。片方の靴を脱ぎ、逆さにすると砂がサラサラと流れ落ちる。

男 確信は最後にやって来た。ここは砂漠である。

2.葬式に出かける前。笠原家。冬の午前。

 ナツキ 長い! いつまで待たせんの…

喪服を着た女、ナツキが現れる。ナツキ、アキヒサ(=男)が土足でいることに気がつく。

 ナツキ ちょっと、なにしてんの、なんで土足やねん。
アキヒサ え?
 ナツキ だからなんで土足…(砂に気づいて)あーっ!
アキヒサ え?
 ナツキ お姉ちゃん、お姉ちゃん!
アキヒサ (ナツキにつられて足元を見る)
 ナツキ ちょっと、あんた、なにしてんの、砂、わっ、ひど! ちょっと、ちょっと、どこに行ってたん? なにしてんの?
アキヒサ ああ。
 ナツキ え、なに? 嫌がらせなん、
アキヒサ いや、そうやないけど。(と周りを見渡す)
 ナツキ (アキヒサの視線につられて)え、なに、なんかあんの?
アキヒサ あ、いや。
 ナツキ いいから、脱いで、ちょっと、早く!
アキヒサ ああ。
 フユミ (現れて)準備できた?
 ナツキ あ。ちょっと、兄ちゃんが土足やねん。
 フユミ なんで?
 ナツキ そんなん、分からへんよ。しかも、砂、ほら、砂、砂。
 フユミ 公園、行ってたん違う?
 ナツキ 公園?
 フユミ (外を指さす)
 ナツキ なんで公園でお遊びしとんねん、違うやろ、遊んでる場合ちゃうやろ。(アキヒサの靴から砂がこぼれて)こぼすな!
 フユミ ちょっと、じゃあ、ほうき取ってくる。
 ナツキ うん。

フユミ、去る。

 ナツキ ちょっと、アキヒサ、座り。

アキヒサとナツキは向かい合って、座る。

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