グッバイ・シルバー・チルドレン
「グッバイ・シルバー・チルドレン」
                             作 結城 翼
★登場人物    
青山恭子・・・・・・・・新任看護師。                     
船山修一(船長)・・・・シルバーチルドレン。元港湾局局員           
並木瑶子(先生)・・・・シルバーチルドレン。元塾事務員。           
佐藤華子(華子)・・・・シルバーチルドレン。元スーパー鮮魚部店員。      
鈴木亜理子(ありす)・・シルバーチルドレン。元ピアノ教師。              
黒木・・・・・・・・・・医師。                        
横田・・・・・・・・・・看護助手。                      





#1 妄想の夜

        すべては妄想から始まる。
        青い夜。精細な満月が中天に輝く。昔から月は狂気を呼ぶと言うけれど、今宵は一段と輝いている。
        一台の古ぼけたピアノ。詰め所とおぼしき場所がある。
        ピアノ曲が流れている。        
        地上では言葉が生まれている。
        声の中にいた青山が本を読んでいる。
        
青山 :一匹の黒い羊が、銀色の大きな月が輝く広い広いどこまでも続く砂の海の上で泣いていました。黒い羊は、ある時、周りには、もはや誰も    いなく、自分が本当は独りでいることに気づいてしまったのです。遙か砂の海の水平線の向こうに、白い羊たちがいるような気はしました    が、それは確かではありません。黒い羊は、その黒い瞳を世界のすべてが映るほどにしばらくの間大きく見開いていたかと思うと、静かに、    本当にひっそりと泣き出しました。七日七晩、声も出さず、涙も出さず、黒い羊は自分の心が無くなって空っぽになるまで、大きく深い目    を開いて泣き続けました。そうして、ある時、泣き疲れた黒い羊は、何かの声が自分を呼んでいることに気がつきました。銀色の針のよう    な透明な月の光にのって、その声は、やさしく、確かに聞こえてきたのです。その声は、こういいました。

        何かが聞こえた。

青山 :え、何。

        ありすが握手を求めるような仕草で、何かしていている。
        繰り返しながら、何か言っている。

ありす:わからない。わからない。どうして、右が左だろう。ねえ、どうして、右が左なんだろう。ねえっ!

        と、呼びかける。誰にかは本人にもよくわからないようだ。

青山 :なに、ありす。
ありす:ねえ、どうしてでしょう。

        と、手を出して握手をする恰好をして。
        青山も手を出して。

ありす:どうして、あたしの左はあなたの右なの。
青山 :は?
ありす:どうしてだろう。あたしの左があなたの右なのは。
青山 :さあ。 

        と、あいまいな返事。
        別に返事を求めたわけでもなく、緊急を要しないと判断したらしく、元の場所へ戻ろうとする。
        生返事をしながら。

青山 :どうしてなんでしょうねぇ。左ねえ。

        と、ぼそぼそつぶやいて戻る。
        ありすは、納得行かず、向かい側にまわっては、手を出して。

ありす:どうして、左は右なの。左は、右。右は左。左は、右。右は左。

        ぐるぐる反時計回りにまわっていた船長が突然。
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