最後の一個
短編不条理劇集 その3
『最後の一個』

舞台には、長テーブル。
その上に、黒い立方体が乗っている。
スーツ姿の男1が登場。
地図を見て、道を探している様子。
男2が反対方向から登場。
長テーブルの前に立つ。

男1 (男2に)あの、すみません。このへんにルノアールが…
男2 おめでとうございます。
男1 は?
男2 これ、最後の一個なんです。あなたに差し上げます!

男2、男1に立方体を渡す。

男1 あの、何でしょう?
男2 爆弾ですよ。
男1 はい?
男2 僕の手作りです。やっと量産に成功しました。
男1 本物ですか?
男2 勿論ですよ。ま、量産っていってもまだ五個なんですけどね。
男1 犯罪でしょ、それ。
男2 今朝からここを通る人に、特別に無料で配ってたんですよ。もう四つはけました。それが最後の一個です。ラッキーでしたね。
男1 いや、爆弾もらっても…
男2 じゃ、有効活用して下さいね。

男2。テーブルをたたみ、持って去ろうとする。

男1 あの、ちょっと!
男2 何か?
男1 こんなものもらっても困るし、第一私、道を聞こうと思ったんですよ。
男2 あれ?あなた、人の厚意を無にするんですか?
男1 いや、そういう問題じゃなくて。
男2 じゃあ、どういう問題ですか?
男1 私、これから大切な商談があるんですよ。で、もうすぐ約束の時間なんです。
男2 それは大変ですね。
男1 で、お訊きしたいんですが、この近くにルノアールがあるはずなんですけど、どこにあるかご存じですか?
男2 ええ、知ってますよ。
男1 どこですか?
男2 さて、どうしようかな。
男1 は?
男2 いやね、人の厚意を無にするような人に、親切にすべきかどうかって、今悩んでるんです。
男1 えっ?それとこれとは、
男2 関係ありますよ。だって、世の中、ギブアンドテイクですからね。
男1 何か納得がいかないんですけど、分かりましたよ、いただきますよ。
男2 あなた社会人ですよね?人からものをもらってその態度はないんじゃないかな。
男1 ああ、すみません。どうも、ご丁寧に貴重なものをいただきまして、有り難うございました。
男2 いや、つまらないものですみません。
男1 だから、ルノアールはどこなんですか!
男2 そんなに焦らなくても今教えますよ、
男1 焦りますよ、約束の時間まであと5分なんですから。
男2 そこのミスドの角を曲がってまっすぐ行きますと、銀行のATMコーナーと花屋さんが見えてきます。
男1 ATMと花屋ですね。
男2 その花屋は素敵な花をいつも置いていて、店員が南海キャンデーズのしずちゃんに似ています。そこはそのまま通り過ぎて、
男1 必要最低限の目印だけでいいです。
男2 とにかく、その道をまっすぐ行くと、左側に看板が見えますから。
男1 じゃ、あのミスドの角を、ええと、どっちでしたっけ?
男2 まだ言ってません。
男1 早く言って下さい!時間がないんです。
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