風船
「風船」
                        録沢京


少女
母親


   都会の片隅。
   全身白いタイツを着た男が立っている。
   どうも誰かに置いていかれたもののようだ。
   男は風に反応し、あちらへゆれたりこちらへゆれたりする。
   その様子がなんとも変である。

   人々が通り過ぎる。
   「何あれ?」「こんなところに、変じゃない?」「警察届けたほうがいいんじゃな
   い?」などなど、男を陰で噂する。
   だが、男は笑みを浮かべながらゆらゆら揺れる。

   少女がやってくる。
   少女は男をまっすぐに見つめ、つんつんと突いてみる。
   男、大きく動いておどけて見せる。少女、喜ぶ。
   そして、少女は右手を差し出す。男、首をかしげる。

少女 一緒に行こう。

   男、首をかしげる。少女、男の手をつかみ、ひっぱる。

少女 あたしの友達になってね。

   男、うなずく。
   二人は手をつなぎながら歩く。
   少女が腕をふると、男は大きく振り回され、少女が軽くジャンプすると、男は目いっぱいジャンプする。少女のちょっとした動きを、男はおおげさに真似する。
   少女にはそれが面白い。

少女 あんたがいると、何でも面白い。

   男、口だけで「ありがとう」と伝える。
   少女、お返しにもう一度大きく腕をふる。
   と、その拍子に手を離してしまい、男はおどけながら木の上へ登っていく。

少女 あ!

   男はするすると登っていくが、途中で首が枝にひっかかってしまい、動けなくなってしまう。

少女 降りてきてよー降りてきて!

   少女、周りに助けを求めるが、大人は誰も助けてくれない。
   少女は男を助けにいく決意をする。
   なんとか登って、男と手をつなぎ、木から降りて来る。

少女 もう離れちゃだめだよ。

   男、少女の膝を指差す。

少女 ああ、ちょっとすりむいちゃった。(膝を払いながら)いいんだよ、あんたを助けられたんだから。

   笑いながら頭をかく男。
   と、風が大きく吹く。男、つないだ手が離れそうなほど風にあおられる。
   すかさず少女、両手を使って男を引きとめる。
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