未定稿・最後の灯火
『未定稿・最後の灯火』

☆登場人物 
ミナ…………………重い病を抱えた少女。
亜里砂(ありさ)…彼女の世話をする介護ロボット。

☆上演を希望する皆さんへ

 本作は完成稿ではなく、二十場の断片から成る“未整形の台本”です。光と闇、波と証言をめぐる場面は厚く描かれていますが、どこを繋ぎ、削り、沈黙をどれだけ伸ばすかは上演者に委ねられています。整形を放棄したのは、舞台化の過程そのものを創造行為とするためです。上演ごとに姿を変え、関わる者すべてが証人となり、存在の証言を未来に手渡す??それがこの戯曲の本質です。というまあ、面倒だから任せるという本音は聞かなかったことに。まあ、全部やったるわという、勇者は大歓迎です。
    ※一応、時系列的に並べてはいます。時系列の最初と終わりはシーン1とシーン  20に対応していますが、そこのあたりも自由です。


☆Scene 1 起動(現実)

    薄暗い舞台。奥に灯台室を思わせる窓枠とベッド。遠くの潮騒、低くくぐもった  機械音。ゆっくりと赤い点灯が上がる。亜里砂が舞台中央に立つ。)

亜里砂   ……起動確認。システムチェック、正常。わたしは介護支援ヒューマノイド       ??ARISA-12。通称、亜里砂。(少し間)対象者、生存確認??。

        舞台袖からミナが現れる。痩せた体つき、どこか浮遊感をまといながら、        ゆっくりと歩み寄る。

ミナ   ……“戻ってきた”んだよ。十年ぶりに、ね。
亜里砂   『帰還』??記録照合……対象の言葉と一致。……けれど“戻る”とは、感情       を伴う概念。わたしには定義できません。

ミナ   でも、わかるでしょ。空気のにおいとか、胸のざわざわとか。「ただいま」って      言いたくなる感じ。

亜里砂   (戸惑うように)……わたしの記録には“ただいま”という挨拶の使用例はあり  ます。しかしそれを口にする動機は??不明。
ミナ   不明でもいい。今は、ここにいるってことが大事だから。

        少し沈黙。潮騒が強まる。

亜里砂   ……この場所は、廃墟化率92%。海岸線の町、住人はすでに退避。残されてい      るのは、あなたと……わたし。

ミナ   (微笑んで)そう、残された二人。でもね、ひとりで残されるより、ずっといい。
亜里砂   ……心拍数、安定。あなたの言葉に……温度を検知。
ミナ   (真顔に戻り)亜里砂。わたし、もう長くないの、わかってる。“看取られる”      ってことが、どういう意味なのか、まだ怖い。
亜里砂   看取り行為??医療的・介護的支援の最終段階。だが“意味”は定義不能。…       …あなたが死を迎えるとき、わたしはどうすればよいのですか。
ミナ   ただ、そばにいて。“意味がなくても”いいから。

        亜里砂、わずかに動きを止め、胸の奥で処理するような間。灯りが少し        明るくなる。

亜里砂   ……了解。任務に追加。??「そばにいる」。

        潮騒が遠のき、暗転気味に次の場面へ。

☆Scene 2 黄昏の灯(現実)
 
        舞台中央に古びた木の部屋のセット。窓の外は傾いた夕日。床は塩でざ        らつき、古い縁側が見える。ロウソクのような赤い光が部屋の奥を薄く        染める。遠くに海鳴り。亜里砂が静かに歩み寄り、部屋を点検する所作        から始まる。
        機械音。視覚センサーの微かな光。亜里砂は所作が規則的だが、その声        にはわずかな抑揚が混じる。

亜里砂   (機械的に)起動確認??完了。視覚、聴覚、感情補正モジュール正常作動。       本日、介護対象ミナ様の定期巡回、完了まであと**(カウント省略可)**。記録 開始。

        亜里砂は部屋をゆっくり見回す。床の埃を指先でなぞる。家具は古び、        ところどころ潮の跡が残る。)

亜里砂   この場所は、劣化率73%。安全確保困難。にもかかわらず、ミナ様はここを「お  うち」と呼ぶ。??なぜ。

        床に小さなロウソク置き。亜里砂、慎重に火をつける。炎が赤く揺れる。

亜里砂   (少し柔らかく)??これが、「灯り」。燃える、赤い光。ろうそくの炎。記録      によれば、ミナ様の母がこの町で売っていたものです。

        亜里砂は炎をじっと見つめる。言葉に少しだけ感情の模倣がのる。
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