希求遊戯
希求遊戯
年季の入った、されど味わいのある和室
時計は現実時間を刻んでいる。
普段着としては少し小綺麗な男がのそのそと舞台上に入ってくる。
グレーの巨体は和室に溶け込む。
覇気は無い。
緩慢にカップラーメンにお湯を入れる。
何処からか女の声が聞こえてくる。
以下の台詞は男の動きとある程度の符合を見せる。
完全である事はない。許容範囲の範疇の揺らぎは味とする。
女「彼の体格は、ごく一般的な判断基準によれば巨体である。巨体であるが、洋服の着こなしと一定の清潔感を備え、適度な洗練をもたらすものとする。彼の声は年相応の声帯の疲れがもたらす適度なしゃがれがあり、人により色気を感じるものとする。彼の好きな食べ物は、美味しさと気軽さを求める欲望の螺旋が結晶化した、お湯を注いで食べる効率的な人工物だとする。」
どこか時代錯誤な格好をしている女が現れる。所謂モダンな雰囲気がある。
鮮烈な赤が和室に眩しい。
手には品質の良さげな紙を持ち、客席から認識出来るぐらいの文字が連なっている。
女は自然と空間に溶け込むように、声の速度と身体の在り方を調整し、舞台空間の美的な一要素となりその立ち位置を落ち着ける。
女「男はお湯を入れて3分。効率的な食物と自分の物語を想像することとする。男は情報を集め、思考の労働に取りかかるものとする。集めた情報を頼りに、脳の労働をするものとする。男は結果を重視せず、思考そのものを楽しむタイプだとする。故に、男は退屈を知らぬものとする。男はあらゆるものに名前をつけ、物語を楽しみ、退屈を埋める事が出来るものとする。そして、だからこそ、他人の退屈を理解できないものとする。」
女「退屈です!」
紙を投げ捨てる
男「君はいつでも短気だね」
女「どうしてあなたはこんなにおうちが好きなのですか。信じられません。」
男「君はね。外に出たり。買い物をしたり。そういう時に笑顔を僕に向けるけどね。それは、僕じゃなくて、僕のお金が好きなんじゃないのかい?」
のそのそとお茶を用意する。
女「お金は好きです。あなたも好きです。でも退屈は嫌いです。」
男「僕と味わう退屈は好んではくれないものかね」
女「ありません。そういった趣向は。」
男「僕はね、思うんですよ、君。こうやってね、何気ない日常のなかにね、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ新しいことを取り入れる。それがね、劇的な変化を及ぼすんですよ。長い目で。ながーい、目で。」
女「それがこのお茶ですか。いつものお茶ではありませんか。」
男「見てごらん。昨日はこちら側に模様があった。今日はほら…君側だ。」
女「詭弁はたくさんです。結局のところあなた様は、私をお出かけに連れていく事をしたくないのです。怠惰です。怠慢です。私たちは決めたじゃないですか。あの日。」
男「どの日ですか。」
女「あの日と言ったらあの日です。この日でもその日でもないあの日です。」
男「あの日ですね」
女「あの日です」
男「その日じゃなくて」
女「あの日です!」
男「あの日ですか」
女「あの日私はあなたの提案に乗りました。あなたの寂しさを埋める提案に乗りました。」
男「美味しそうな麺だ。ほら、美しき螺旋…」
女「麺なんてお伸びなさい!あなたは約束しました。3日に1度はお出かけに連れていってくれること。2日に1度は健康的なものを食べること。1日に1回はお風呂に入ること。半日に1回は愛の言葉を述べること。」
男「君、愛してます。」
女「きー」
男「君ね、約束を破るというのは、リスクです。私はリスクを取る男。危険性のある男が好きだと君は言っていたじゃないですか。」
女「言ってましたけど!」
男「美味しいですよ。食べますか。」
女「はい」
2人、無言でラーメンを食べる。
謎の食事時間。食べきるまで、レトロでシニカルな曲でなんとかする。なんとか、する。お茶を飲み、フィニッシュ。試練の時間、終わり。
女「やだわ。太ってしまう。」
男「私もだ」
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