名も無き者へあたふる哀歌
   「名も無き者へあたふる哀歌」

☆登場人物
響(ひびき/女1・主人公)
    鎖に抗い、名を呼び続ける少女。七度の死を経ても「八度目は生きるため」と立  ち上がる。火の壺を抱き、観客に向かって声を投げかける存在。物語の核。
ナツキ(男女不問)
    苦しみと反発を抱える若者。母の思い出の弁当を胸に、最初は諦念に囚われてい  るが、仲間と共に声を取り戻す。激情型で叫びが多い。
カムパネルラ(男女不問)
    哲学的で内省的。兄の残した弁当箱の記憶を背負い、過去と向き合う。冷静に見  えて心の底に熱い決意を秘めており、仲間を鼓舞する役割。
ミミコ(男女不問/年少の雰囲気)
    怯えがちで弱さを見せるが、正直で純粋な感情を吐露する。観客に一番近い「共  感の窓」となる存在。震えながらも「生きたい」と叫ぶ姿が強い印象を残す。
兄(幻影/声でも可)響の兄。生者ではなく、記憶や幻視として登場。名を呼ぶことの意    味を響に示す「灯火」のような存在。
教官
    鎖を強制し「帰投」を命じる冷徹な権威。人間というよりシステム・制度そのも  のの声。機械的で無慈悲。
車掌
    列車と旅の案内人。プロメテウス的存在で、時に中立、時に導き手。火の壺を守  り、少女たちに「声を選ぶこと」の意味を問いかける。


☆Ⅰ プロローグ「石炭袋」

        暗闇。遠い汽笛。錆びた鉄粉の匂い。冷たい青白い光が格子状に落ちる。        机と椅子が不規則に並ぶ教室のような空間。
        中央に響。制服に赤錆の鎖を絡ませ、背嚢を背負い、日記を読む。

響    (朗読)……天井の隙間から、サソリの火が瞬くのを見た。そのまた向こうにある天気輪の丘の火は、まだ遠い。けれど火を見つめるたびに、私の中で小さな声が囁く。“生きろ”。“名を持て”。“黙るな”。

        ページを閉じ、深呼吸。

響    (独白)なぜ??プロメテウスは、自ら鎖をまとったの?みんなのため? 世界のため? それとも罰?私は違う。私は、生きたい。ただ生きたいだけ。英雄にも殉教者にもなりたくない。でも、この鎖は……息をするたびに締めつけてくる。笑おうとしても、笑い声が鉄にぶつかって砕ける。泣こうとしても、涙が鎖に絡まって落ちない。

        鎖の音。背後から教官が現れる。コート、冷たい声。

教官    また覗いていたな。名も無き子よ。火を覗くことは禁忌。罰を招く。理由は要らない。理解も要らない。ただ従えばよい。それが秩序。それが救い。
響    禁忌? 罰? そんな曖昧な言葉で、私たちを縛るの?「美しい犠牲」なんて名札を貼って、黙らせるだけじゃない。なぜ、理由を言わないの。なぜ、真実を語らないの。
教官   語る必要はない。おまえたちの役目は、黙って消えること。理解は不要。選ばれし者には、名など不要。
響    (鎖を握りしめ)??私は黙らない。私は、私の名を探す。沈黙しろと言われても、声を上げる。「いやだ」と言う。

        教官が手を振る。鎖の音。カムパネルラ/ナツキ/ミミコが列をなし入場。表情のない目。空気が重く沈む。)

☆Ⅰ   「選定」

        黒板に「帰投」と大書。鐘が一打。全員が硬直する。

教官   命令する。七殺しの名も無き子よ。必ず帰投しなさい。

全員   (機械的に)大命拝受。これより帰投します。浸食するのです。目標、天気輪??わが緑の丘。

        長い沈黙。響だけが息を荒げて立つ。

響    ……いやだ。私は、生きたい。誰が決めたの? なぜ私なの?私はまだ夢を見ている。笑ってもいないし、泣き尽くしてもいない。私にはやり残したことがある。なのに、なぜここで終わらせようとするの?
ナツキ   (伏せ目)……私も、そう言ったことがある。「いやだ」って。声に出した。で  も??誰も聞かなかった。声は鎖の軋みに呑まれた。残ったのは沈黙。そして、後悔。(間)
あの時、「いやだ」を言い切れなかった自分を、いまだに殺し続けてる。
カムパネルラ (感情を抑えて)選ばれること。それは「選ばれる」のではなく、「捨てられる」こと。でも、世界はそれを美しい犠牲と呼ぶ。先生も、大人たちも、誰一人止めようとしなかった。だから私は、黙った。黙るしかなかった。黙らないと、もっとひどいことになる気がして。でも……胸の奥はずっと凍ったまま。
ミミコ   (震え)わたし……気づいたら「はい」って言ってた。声が勝手に出た。心は嫌だって叫んでるのに。息が詰まって、手が震えて、でも……口だけが笑ったみたいに「はい」って。わたし、選ばれたの? それとも……捨てられたの?
響    (叫ぶ)なら、私は言う! いやだ!私は、名前を持つために、生きる!誰かが沈黙したからって、私まで黙る必要はない!誰かが諦めたからって、私まで諦める必要はない!私は、生きたい! それが罪なら、罪人になる!

        汽笛。轟音。床にレールの影が伸びる。列車の逆走が始まる。

☆Ⅱシーン2「車掌の切符」

        舞台はプラットフォームの影。鉄骨の梁、錆びたベンチ。
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