恋人は酸化クロム
「恋人は酸化クロム」(日常編)
この世界ではバレンタインデーに『チョコ』ではなく『ステンレス』を渡すらしいが・・・
女1:夏美・・・好きな男子がいる。なんでも手作りするのが好き。
女2:直子・・・プレゼントは手作りよりも既製品を買って贈る派。
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街はバレンタインの雰囲気で一色である。
女1「2月14日かあ・・・」
女2「もうバレンタインデーの季節かあ。
ねえ、今年のバレンタイン、もう用意した?」
女1「んー、あたしはまだ、かな。直子は?」
女2「あたしも全然。貯金いくらくらい残ってたかなあ」
女1「あたしね、材料は買ってあるんだけど、まだ作ってない」
女2「すごい、手作りなんだ!」
女1「手作りって言っても、溶かして型に流し込んで固めるだけだよ」
女2「それでもすごいって! だって、温度とか結構難しいでしょ?」
女1「そうだね。融点はだいたい1500℃くらいなんだけど、酸素を吹き付けて炭素を飛ばすから、だいたい1800℃くらいまで温度上がるかなあ」
女2「さすが、くわしいね。
でもさ、バレンタインに毎年毎年ステンレスをプレゼントするのも大変だよね」
女1「だよねー。まったく、ステンレスメーカーの思う壺っ!
って思うけど、まあ、楽しいからいいかって感じじゃない?」
女2「そうねえ。昔は女の子が、好きな男の子にステンレスをあげるイベントみたいな感じだったけど、
今じゃあ女の子同士でステンレスを交換するイベントになっちゃったからねえ」
女1「・・・あたしは、男子にあげるかな、ステンレス」
女2「ええっ!? 夏美、好きな人いたんだ!!」
女1「べ、別に好きとかそういうんじゃないよ。ぎ、義理だよ! 義理SUS(ぎりサス)!」
女2「ふーん、義理SUSねえ。とか言っちゃって、本当は本命ステンレスなんじゃないの?」
女1「ほ、ほんめいとかじゃないよ!」
女2「ふーん・・・。ねえ、相手は誰?」
女1「・・・サッカー部の、寺崎君」
女2「(にやにやしながら)寺崎君かあ。へえ。そっかあ」
女1「そ、それでね、あたし、奮発してNi(ニッケル)を添加しようと思うんだ」
女2「すごーい! SUS304(サスさんまるよん)じゃない!
あたしはお金あんまりかけられないから、Cr系(クロムけい)かなあ」
女1「いいんじゃない? Cr系でも。愛情がこもっていれば」
女2「でもCr系ステンレスは磁石にひっつくし、価値が低いって思われがちなんだよなあ。
つっても、あたしは渡す相手がいないからなあ。ま、クラスの女子にでも配るよ。
でもね、じっくり時間をかけて時効処理するつもりだよ」
女1「すごーい! 手が込んでるねっ」
女2「まっ、店で買うんだけどねっ」
二人、顔を見合わせて笑い合う。
女2「それにしても寺崎君かあ・・・。でも彼、ちょっとかっこつけなところがあるから、
『俺、普通鋼にしか興味ねえから』、とか言いそうー」
女1「言いそう言いそう! 合金の入った鋼なんてもらえるかよ、ってさ」
女2「・・・ふーん」
女1「な、なに?」
女2「ま、がんばんな」
女1「・・・うん」
女2「あーあ、あたしも来年までにがんばるかなあ」
女1「ステンレス渡す相手つくるってこと?」
女2「んー、まあ、そんなとこ?」
分かれ道に差しかかる。
女1「あ、それじゃあ、あたしこっちだから」
女2「あれ? どこかに寄っていくの?」
女1「うん、自分用にバレンタインの買おうと思って」
女2「ああ、今流行ってるよね、『自分へのご褒美バレンタイン』みたいなの。
ステンレス買うの?」
女1「ううん。自分にはチョコレート買うよ?」
女2「え、ステンレスは?」
女1「え、別にいらない」
暗転。
※わかりにくいので、「義理SUS」は「義理ステ」に置き換えてもよし。
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