カワ と イト
〈カワ と イト〉

〈役者〉
 牧   先輩研究者、納豆から皮膚を作っている。一児の父。
 加藤  後輩研究者、早口。牧に培養槽の管理を任されている。
 琴美  加藤の恋人。情緒不安定。
 和子  牧の妻。娘の香奈が闘病中で病院に出入りしている。



 知らない公園の前、幼稚園が近いようだ。路上で車は停まる。
 道中、ずっと話し続けていた様子の、加藤。

加藤「… …そんで、俺の住んでた下宿ってのが、食費の節約かなんかよくわかんないんすけど、
大家が朝飯に卵ばっかり出すんですよ。卵、米、卵、米、卵、米、卵、米米米たまにハム。学
生だから腹は空いてるんですけど、朝一番って食う奴と、食わない奴と別れるじゃないっすか。
俺は食う派で、しかも米派で。ハム米って言うのはやっぱりイケてないわけですよ。肉はあり
がたいけど,王道じゃない。金のある奴は自分で食パンとかマーガリンとか買ってきて、トー
スターで勝手に焼け、ってシステムで、でもやっぱり、そこはアレで、金に余裕ある月も、朝
は米党だったんですよ」
牧「どうでもいいわ(タバコをふかす)」
加藤「で、そこに納豆が登場なんです。卵米卵米卵の無限ループに、納豆が入り込む。その先
は...パラダイスです」
牧「何だ、それ」
加藤「男ですからね、学生ですからね。大家が10パック買ってきて、4個だけひきわりなん
です。知ってます、ひきわり納豆。おれ、下宿入るまで納豆って親父の食い物だと思ってたん
で、ひきわり納豆の存在知らなくて。うわ、これ絶対、下宿の地域の名産だ、って勝手に思っ
ちゃって」
牧「いや、どこでもあるだろ、あんなもん」
加藤「まあ、そこは激しい思い込みがあって。俺はあの、特別なひきわりを取るんだって、他
の奴らより早起きしたり。わざと風呂に鍵かけて、顔洗えないようにして」
牧「馬鹿だな」
加藤「馬鹿ですよね〜」
牧「つかさ、話見えねえよ。なんなの、それ。米食べたいアピール? ちゃんと昼飯に連れて
けってこと?」
加藤「違いますよー...あえて言うと、納豆万歳?納豆賛頌、的な?」
牧「(不機嫌になる)余計なこと言うな」
加藤「いやいやいや、ま、今回の補助金のアレは、たまたまアレでしたけど」
牧「(にらむ)」
加藤「つーか、昔の人は凄い、って話じゃないすか!...俺、この前、初めて知ったんですけど、
納豆から線維を作るって割と昔から、あのアレな、出来たらいいなー系の発想だったわけでし
ょ?手術して腹縫う糸とかプラスチックとか、イソフラボンボンとか」
牧「まあ、なあ」
加藤「ですから!俺らのやってる仕事も、なんつーか、夢がある?感じじゃないですか,これ
はもう、大豆から皮膚。大豆イズ...かわ...ず...(上手い言い回しが思いつかない)」
牧「金がねーんだよ」
加藤「も、牧さん。金とか、生々しい。本物の貧乏してから言ってくださいよ」
牧「俺だって貧乏学生だったよ」
加藤「いや、食うモノがねえ、ボンビーレベル違いますから。ほんと」
牧「それこそ、研究所の貧乏は俺らのレベルじゃねーだろ。万とか、百万とかじゃなくて、億
とか兆の金が、あの線維とばい菌で動く、って生々しい話なんだよ」
加藤「ばい菌、って」
牧「おれさ、納豆嫌いなんだよ」
加藤「え」
牧「つーかさ、朝はパン派なんだよ。パンがねーなら、食わねーぐらいのパン派なんだよ!食
パンが底辺で、トップはクロワッサンで、米とかさ、日本人かよ!」
加藤「それは、あの日本人ですから。というか、スンマセンしたあ!」
牧「謝んなよ。加藤。...似合わない気ぃ遣うなよ。見え見えなことされると、逆に萎えるんだ
わ。お前さ、悪い奴じゃねーけど、その、悪くなきゃ何でも言っていいですよね、ってスタン
ス止めろ。薄っぺらで、イライラすっから」
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