あめのひに、あのこと。 (25分)
改札を抜けて、違和感だらけ。ちょっと待って。ツタヤ? ツタヤが出来てる。私がいた
頃にはブックエースしかなかった。ポイントカードが紙のやつで、予約してCDを買うと
スタンプ2倍押してくれて、貯まると1000円引き。CDめっちゃ買ってたな。今はも
う聞いてる暇ないし、ドラマの曲しか覚えない。カラオケに行っても、すぐ懐かしのアニ
ソンを歌う。それしか歌えない。駅前に川。浅くて、流れがゆっくりで。こんな川でも海
まで通じてるんだって考えると、なんだか実感が湧かなくて。それでも、自分の知らない
遠い場所がその先にあるっていうのは、ちょっとした憧れを抱かせてくれて。いつか大人
になったら、そんな場所にも行ける様になるんだって、不安よりも期待のほうがちょっと
だけ大きくて。

あの頃、そういう気持ちで、この町で育った。

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私が小学校へ上がる前に、一家でこの町に移り住んだ。田舎の支店に移ったほうが父の地
位が安泰だったからとか、安くマイホームを買いたかったからとか、私が喘息を患ってい
て、少しでも空気の綺麗な所で暮らしたかったからとか、母から直接聞いた理由はそんな
ところ。
それなりに年齢を重ねて、本当は、母が親戚の集まりに顔を出したくなかったからじゃな
いかと察した。お盆と正月は父の実家、父は次男で、今その実家は長男のもの。そこに顔
を出すのが常だった。子供心にも、母が居辛そうにしているのを感じたし、母が体調不良
で父と二人で里帰りした時、私達の姿がない場所で、親戚一同が母を悪く言うのが聞こえ
た。どんな言い回しだったかは覚えていなくとも、孕む悪意は、明確に。

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駅を背にして、橋を渡って左に曲がると、通っていた高校がある。この辺りでは散々遊び
尽くしてる。昼休みに学校を抜け出してゲーセンに行った。ゲームには興味がなくて、そ
こで売ってるジェラートが目的だった。ちょっと硬めの、上のほうが四角くなってるコー
ンに、半分ずつ二種類のジェラートを乗せるのがお決まり。全種類を試そうとしながら、
ピスタチオだけはずっと避けていた。当時の私はピスタチオを知らなかった。ピスタ、チ
オ? ピス、タチオ? 何処で切るのかも分からなかった。同じくフィレオフィッシュが
フィレ、オ、フィッシュなのだと知った時には、周囲の人々に感動を分け与えようと「ね
ぇねぇ、知ってる?」と声を掛けまくったものの、私が想像していた程のリアクションは
得られず、価値観は人それぞれだと悟った。ちなみに、つい最近の出来事。

そんな彼、ピスタチオとは、社会人になってから、居酒屋のお通しとして再び相まみえる
時を迎えた。食べて「豆だな」と思った。結局、ジェラートのピスタチオとの再会には恵
まれないまま。ずんだ餅のずんだ部分みたいな味なんだろうか。JKだった私よ、何故食
べなかった。

どうでもいい事でも、意外と忘れてないもので。忘れてはいたか。今現在の生活に追われ
て、目の前のあれこれをこなすのに必要な考えばかりが頭を巡る。生きる為には当然。で
も、あの頃には考えていなかった事ばかり。あの頃のほうが生きていた、生き生きとして
いた様な気がするのは、現実逃避なのかな。

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タクシーで実家に向かう。ようやく出来たはずのコンビニが潰れてデイケアセンターにな
ってる。まず、潰れる? コンビニ。都会じゃ有り得ない。でもこの町じゃ有り得る。夜
9時過ぎたら何処の店もやってなくて、それに合わせて生活してた。そんな町に現れたコ
ンビニは、コンビニエンスなストアである強みを活かせないまま潰れたらしい。夜でも明
るい場所に集まってくるのは、暴走族と虫だけ。そして土地だけが余った町に、デイケア
センター。
働き手になる若者も少ないのに。それこそきっと、暴走族を卒業した彼らの就職先になっ
ていて。家族に素直になれなかった彼らが、他人であるご老人から、息子みたいだとか孫
みたいだとか言われて感極まって、初任給で家族にプレゼントを渡したりする。見える。
この町の物語が。

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