笛吹きの夜
「笛吹きの夜」
            作 結城翼

 ・・700年以上たっても私たちはまだ黒い森の中にいる・・

☆登場人物
葉月・・
朱美・・
茅野・・
ネリ・・
島田・・
武田・・
安曇先生・・

☆プロローグ

    サティーのグノシェンヌ1番が静かに流れ、幕が上がる。
    夕景。色々とごちゃごちゃした教室。
    とある私立高校、二月に行われる文化祭前夜。当然、一二年生しか参加しない。  三年生はお客様でのぞきに来るだけ。
    クラスの発表で間に合わないと、泊まり込みで準備をしている二年某クラスの有  志たち。
    いくつか生徒用机を4つぐらい集めた島がある。どうやら喫茶店らしきものの出  店をするようだ。前後の壁(下手教卓と上手後ろの壁)は暗幕で覆われている。  教室の廊下側(舞台奥)の窓枠は取っ払われているが、木枠がある。一部暗幕で  隠されていて、センター部分にステンドグラスがはめ込まれるらしい。下手寄り  の木枠に、稚拙なハーメルンの笛吹きっぽいステンドグラスの試作品とおぼしき  ものが貼り付けられている(笛吹き男のみ。)。他は未完成。
    廊下の外の窓際には生徒用の椅子と机が重ねられて壁のようになっていて、い       くつか荷物が置かれている。廊下は通行できること。
    廊下に脚立が二つあり、板が掛け渡され、その上で武田が廊下の飾り付けの設営  をしている。木枠に額縁用のツタのような装飾部分を付けるらしい。上手奧の受  付入り口部分にもなにやら装飾的な柱状の物が置かれている。こちらはまだきち  んと設営されていないようだ。
    外側の窓の方(客席側)はすでにいくつかのステンドグラスがはめ込まれている  (と言う設定)、    制服のネリとこれまたなぜか着ぐるみの寝間着すがたの茅野が  上手前方の島で、大きな黒画用紙やカラーセロファン、カッター、その他でステ  ンドグラスを作りかけている。試作品もあるようだが、どうやらあまりうまくい  っていないようすで困っているようだ。下手前方に小さいブルーシートが敷かれ  ていて、ペンキや刷毛、飾りの花などがあり、入り口の結構緻密なデザインの看  板らしきものをジャージ姿の島田がもくもくと作っている。
    その後方に机の島で、ちくちく衣装を縫っている制服姿のきりっとした朱美がい  て、時々鋭い目で作業状況を見張っている。
    下手奧に出入り口がありそちらが調理室に繋がっているようだ。(無くても可)
    天井からは、森を思わせるものがつり下がっている。森の中の喫茶室という雰囲  気を狙っているらしい。
    舞台中央に二つ脚立があり、一つには天井に吊りさげるツタのような森の部品が  絡んでいる。もう一つの脚立にもたれかかった形で、なぜか黒のゴスロリ姿の葉  月がいる。なにやら台詞を調子よく言っている。

葉月 :まことに愚かなことではありますが、あらかじめ失われている愛を、それでも得ようと望めば、果てしなく無駄な労力を強いられることとなります。しかしながら、それを承知で、どこにもない希望を胸に、決して手に入れることはできないものを手に入れようと静かに進んでいく愚か者は、多分どこにもいることでありましょう。決して、勝ち目のない、決して終わりのない、泥沼のような行き着くところのない迷宮の中にその人は足を踏み入れました。どこにも逃げ場のない檻の中に自らを閉じこめて。多分それは一つの勇気と言ってもいいかも知れません。あらかじめ敗北が決まっている闘い。その敗北をみずからの眼で見るために、いいえ敗北を確かに生き続けるためにその人はどこまでも歩み続けたのであります。ばかげた行為ではありましょう、パンドラの箱にかすかに残されたあの希望すらどこをどう探そうともありえはしないのに。それでも遙かな前方の暗闇を見据えて静かに静かに進んでいく。・・おかしいですか?おかしいでしょうね。人は多分もの狂いだと呼ぶことでありましょう。けれども、このよのどこに、いったいものぐるわなくて済む愛がありましょう。だれもが何がしか狂わなければ、人を愛することなどはできないのではないでしょうか?そうして、その人は、静かにだが決然として狂っていったのであります。・・その勇気を私は目を背けずに静かに、なすすべもなくひそりと見つめ続ける必要がありました。私ですか・・私は、あの人の愛した人形でしかありません。

    この間、他の者たちは、ああ、またいってるねと云う感覚で、聞いたり無視した  り、それなりの対応。特に二人の男子は黙々と作業。仕事に気が入らないネリと  茅野は一応聞くともなしに聞いている。
    終われば、ぺちぺちとネリと茅野のしょぼい拍手。

葉月 :えー、なにそのしょぼさ、ネリ。もっとこう。熱い思いは?
   
    自分で激しく拍手する。

ネリ :こうですか?

    あまり気のない拍手。

葉月 :(げっそりして)いいわ、もう。なんかさ、尊厳?いや違う尊敬?ちがうな、まー、人が気合い入れた表現活動展開してるときにさ、これはないんでない?

    ぺちぺちとしょぼい拍手。

葉月 :つきあいって言うもんがあるでしょよ。同胞(はらから)として、友愛が足りないよ。ネリも茅野も(と、指さす。)、うん、絶対足りない。友愛が。これじゃ同胞としての資質に問題があると言わざるを得ない。(にやりと笑って)来週の地区集会でちくってもいいかな。こえーぞ、風紀委員は。(声をつくって)キミは同胞の絆にどうも欠けている点があると判断せざるをえないようだね。ちよっと屯所まで来てもらおうか。再学習する必要があるようだね。なに、それほど手間はかからないよ。くっくっく。キミ、名前は?
茅野 :おいおい、強請る気か?たちわりーぞ演劇馬鹿。
ネリ :どうぞ、ご自由に。
葉月 :おおー強気だねぇネリ様は。友愛ポイントたりねーと忠誠度ランク下がるぜ。
ネリ :(コホンと咳払いをして、制服のポケットからなにやら腕章めいたものをだして、ちらちらと)来週、私当番なんですけど。(と、腕章を付けて、腕章の埃を払う動作をする。)
葉月 :げっ、なんでお前が風紀委員だよ。
ネリ :安曇先生のご指名です。誠心誠意つとめてこのクラスの同胞の絆を強固にとのお達しです。
葉月 :やることがきたねー、アズミン。
ネリ :同胞葉月さん、んー。(と、めがねを少しあげて、携帯するボードをチェックするような仕草をして)あなたは、いささか、同胞の和を乱す行為が見られますね。このままでは、友愛ポイントをマイナスにせざるを得ませんねぇ。(チェックインをしていく仕草)私(わたくし)、友としてはなはだ心苦しいですが、風紀委員の責務として。宣告せざるを得ません。
葉月 :なにが友だよー。
ネリ :(大きくチェックする仕草をして、)ワンランク降格!
葉月 :えー、勘弁してよー、ただでさえランク低くなってんだよ。
茅野 :演劇ばっかりやってるからだよ。忠誠度テストの成績ボーダーでねーの。
葉月 :ちっ、あんなテストかったるくってさ。絆だの、一人は全体のためにだの、すべ    ては同胞の為にだのいわれてもなー。うざくてここが(と胸をたたく)燃えない  だよねー。やっぱりパッションがないとねー。
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