家は燃えているか
家は燃えているか
○あらすじ
東京郊外の平凡な住宅街に暮らす山下家の家が、年の瀬のある日の未明、火事になって全焼した。家に暮らしていたのは、昔気質な70歳の父親とその妻、そして一度は就職したものの会社に馴染めず、18年間部屋に引きこもってきた長男だった。家を失い茫然と立ち尽くす3人のもとに、離れて暮らす娘がやってくる。火事の原因と長男の引きこもりの責任をめぐってケンカばかりしていた夫婦は、娘に促されて焼け跡から貴重品を探し始めた。燃え残ったわずかな品々から、家族の歴史が思い出される。焼跡の小銭を集めて天丼をとったり、気の弱い保険会社の社員と保証額を巡って交渉をしたりする中で、家族は家に住んでいた頃には見失っていたまとまりを少しずつ取り戻していく。家という入れ物を失ったことにより、逆に家族のつながりを見出した一家の、ささやかな再生の物語。
○登場人物 

男性5人 女性4人

山下秀雄 1948年生まれ。70歳。退職して10年。典型的な昔気質の男性。働いているうちは仕事一筋で家庭を妻に任せきりにしていて、退職してからは家庭の中にあまり居場所がないと感じていた。その結果ますます家庭のことを放っておくように。毎日なんとなく図書館に行ったり、たまに会社時代の仲間とゴルフをしたり。
山下美鈴 1955年生まれ。63歳。専業主婦。大人しく夫に従ってきたが、火事をきっかけに不満を爆発させる。一方長男に対してはどうしても甘やかしてしまい、それが引きこもりを長引かせている原因の一つであることもなんとなく感じているがやめられない。
山下修司 1977年生まれ。42歳。就職氷河期真っ只中に大学を卒業し、就活がうまくいかず不本意な会社に就職。すぐにやめてしまい、2000年頃から自宅の部屋に引きこもっている。性根が優しく、競争社会になじまない。
山下聡子 1985年生まれ。34歳。不仲な両親や引きこもりの長男に愛想を尽かして大学卒業と同時に家を出ている。既婚。火事の知らせを聞いて駆けつける。兄が引きこもるまでは比較的仲が良かった。
田嶋さん 山下一家のご近所さん。70代女性。山下家を昔から知っている。子供たち2人も小さい頃から気にかけていた。
横田さん 山下一家のご近所さん。60代の女性、噂話が大好き。通称「フライデー」。
古川さん 保険会社の人。20代後半の男性。冴えない風体。火災現場の確認に来る。保険金の支払いをなるべく抑えるよう会社から言われていて、精一杯努力するが、気が弱く根が善人なためうまくいかない。会社でもうまくいっておらず、しまいには山下一家に人生相談をし始める。
警察官  実況見分を行い、一通り報告をして帰る。けが人もなく近隣にも延焼しなかったことを喜ぶ。
満腹食堂の店主 60代半ば。小さな食堂をやっていて、山下家に出前を持ってくる。店を継いでほしいと思っていた息子が家を出てしまい、悩んでいる。




東京郊外の住宅街、緑丘1丁目15番地。2018年の年末。平日の午前11時頃。

雑踏音と鳥の鳴き声と共に幕が上がる。舞台上には家の焼け跡がある。門扉の一部と柵の残骸の奥に2本の柱と、ドアが一つ燃え残っている。ドアには半分焦げた張り紙に汚い字で「勝手に入るな」と書いてある。山下秀雄、美鈴の二人が煤塗れで茫然と家の前に立ち尽くしている。秀雄の脇にはじょうろが置かれている。少し離れたところに、修司が膝を抱えて座り込んでいる。警察官が書類を書きながら出て来る。

警察官   そんじゃ、山下さん、現場検証のほうはこれで終わりましたので。
秀雄   はい・・・。
警察官   えっとー、まず火元ですけど、とりあえず消防さんがおっしゃるには台所の辺りが一番燃えていたようですので、台所っていうことでよさそうですね。何か心当たりあります?
秀雄   (美鈴に)おい。
美鈴   火が出た時はまだ私寝てましたので・・・。
警察官   あー、そうですか。まあ古い家ですからね、漏電とかガス漏れとかだったかもしれませんね。とりあえず後でガス会社や電力会社が確認に来ると思いますから。まあ、ここまで完璧に燃えちゃってると、わかんないでしょうけどね。とにかくまあ、事件性はなさそうですから、いやよかったよかった。

    警察官は笑い、秀雄は警察官をにらむ。

警察官   あ、失礼しました。いやー、でもね山下さん。これだけ派手に燃えたのに、けが人もいないし、近所にも燃え広がらなかったんだから、ラッキーでしたよ、あなた。ホント。

    警察官は秀雄の肩を叩くが、離れたところに膝を抱えて座る修司に気づく。

警察官   あれ、あちらご家族の方ですか?
秀雄   はあ・・・うちの長男です。
警察官   どうされました?御怪我されてますかね?
秀雄   あ、いやいや!あの子はああいう子なんです。ちょっと変なんで。気にしないでください。
警察官   そうですか。じゃあ、私のほうはここらで失礼しますんで。あ、消防さんから罹災証明書お受け取りになりました?
秀雄   はい・・・。
警察官   そちらね、期限内に出しといてくださいね。あと、市役所で登記の抹消もしといてください。これ忘れるとね、固定資産税かかっちゃいますから。こんな丸焼けの家に税金かけられちゃたまんないでしょ。固定資産税、払えないぜい。なんちゃって。ワハハ。それじゃ、失礼します。

    警察官去る。秀雄軽く会釈をする。警察官が去った後美鈴をにらみつけて。

秀雄   おい!おまえ!

    美鈴は呆然としていて答えない。

秀雄   おい!聞いただろ。火元は台所だって言うぞ。なんてことしてくれたんだ!
美鈴   だから、私じゃないって言ってるでしょ!
秀雄   お前以外誰がいるってんだ!俺は料理なんかしないぞ!
美鈴   当たり前よ。しないんじゃなくて、できないんでしょ!
秀雄   お前、一家の主人に向かってその言い方はなんだ!誰の家に住んでると思ってる!出て行け!
美鈴   誰の家に住んでるですって?もう誰の家にも住んでないわよ!
秀雄   あ・・・。
美鈴   今まで大人しくしてきましたけどね、もうそんな脅し通じませんからね。
秀雄   (急に弱気になり)いやまあ、でもなあお前、おまわりさんが火元は台所だって言うもんだから・・・。
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