雨降って・・・
雨降って・・・
作:麻井 美希


雨が数刻前から降り続いている。
軒下に女が一人立っている。時々時間を気にするそぶりを見せる。

そこにもう一人女が駆け込んでくる。濡れた身体を拭くために鞄からハンカチを取り出そうとするが、入れ忘れたのか見当たらない。仕方なく、手で雨粒を払おうとする。
その様子を見ていた女がハンカチを手渡す。

女1    あの・・・どうぞ。
女2    え?
女1    使ってください。そのままじゃ風邪、ひくと思うので。
女2    あ・・・ありがとうございます。すみません。

女2、躊躇しつつも女1からハンカチを受け取り、身体を拭く。

女2    いきなり降ってきたから、傘持ってなくて。あ・・・べちゃべちゃ。すみませ  ん。これ、新しいの買って返します。
女1    いやいや、いいですよ。・・・あの、差し上げます、それ。
女2    そんな、申し訳ない。
女1    いいです、いいです。必要ないんで、それ。
女2    いやいや、返します。そんなの悪いですって。
女1    いや、そもそも私のものじゃないんで。
女2    じゃあなおさら悪いですよ。返します。
女1    でも取りに来てくれないんで。ずっと待ってるのに。
女2    え?
女1    ・・・すみません。とにかく、それ、差し上げますから。
女2    ・・・これを、誰かに返すために、ここに?
女1    ・・・はい。
女2    こんな天気ですし、相手の方もどこかで雨宿りされているのかもしれませんよ。
女1    ・・・そうだと、よかったんですけど。
女2    え?
女1    多分、取りに来てくれないと思います。
女2    そんな。
女1    ・・・別れようって、言われたんです、昨日。もう一緒にいられないって。
女2    ・・・。
女1    最近ちょっとしたことで言い合いになることが多くて。でもいざ別れようって言われたら頭真っ白になっちゃって。
女2    ・・・。
女1    最後にもう一度だけ会いたいっていったんです。うちにハンカチ忘れて帰ったでしょ。それ返すだけだから・・・って。
女2    ・・・。
女1    見抜かれたんだと思います。もう一度会って話せば、やり直せるチャンスがあるって、そう考えてたことが。
女2    でも、会う約束はされてたんですよね。
女1    分かったって、言ってくれました。でも、電話をかけても出てくれない。・・・すみません、見ず知らずの人に、こんな話。
女2    ・・・これ、やっぱり返します。
女1    え?
女2    あなたがここから動かない限り、まだ希望はあると思うんです。
女1    ・・・。
女2    私は、逃げてしまいましたから。
女1    え?
女2    私も、同じなんです。待ち合わせ、すっぽかされました。
女1    ・・・。
女2    別れる前にもう一度、っていうのも、一緒です。
女1    ・・・。
女2    いつもは時間通りきっちり来る人なのに、30分待っても来なくて。待っているのが怖くて、逃げてしまいました。
女1    ・・・そうだったんですか。
女2    あのまま待ち続けていたら、もしかしたら来てくれたかもしれない。でも、怖かった。会えば、話せば、全部終わってしまいそうで、怖かった。だから、途中で電話かけようって思ったんですけど、馬鹿ですね、こんな時に。スマホ、家に忘れてきてしまいました。
女1    ・・・。
女2    今、とっても後悔しています。このままでいいわけがない。でも、やり直すには、もう遅いって。

沈黙。雨の音だけが聞こえる。
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