落語演劇『高座が怖い』
高座が怖い

〇登場人物
笑兵衛   新米落語家“秋川笑兵衛”。
笑太郎   笑兵衛の師匠“秋川笑太郎”。
楽衛門   饅頭が怖い。
愛一郎   毛虫が怖い。
喜助   ムカデが怖い。
怒三郎   カミさんが怖い。

1.
笑兵衛   はぁ……
笑太郎   おいおい、辛気臭いなぁ。
笑兵衛   あ、師匠…
笑太郎   そんなんじゃ落語家“秋川笑兵衛”の名が泣くぞ?シャキッとせえよ。
笑兵衛   へえすんません…はぁ…
笑太郎   あ、おい、また、
笑兵衛   ああすんません…本当にすんません師匠…
笑太郎   どうしたよ一体、何の悩み事だ?
笑兵衛   実はですね…私、高座に上がるのが怖くなってきちまいまして…
笑太郎   おうおうおう、正気かよお前さん。お前は落語家だろう。落語家が高座に上がるのを恐れてどうすんのさ。
笑兵衛   へえ。師匠の言うことは御尤もなんですけどね…ここ最近スランプでして…それに追い打ちかけるように高座に上がった時のお客さんの視線が怖くて怖くて…
笑太郎   ったくしょうがねえ奴だな…分かった。ここは俺が一肌脱ごうじゃないか。
笑兵衛   ほ、本当ですか?師匠。
笑太郎   本当だとも。いいか?今からお前さんに稽古をつけてやる。噺は『饅頭怖い』だ。知ってるか?
笑兵衛   へえ。聞いたことくらいは…
笑太郎   そうか、上出来だ。最近の落語家は滅多にこの噺をやらねえからな。
笑兵衛   何でですか?
笑太郎   何、この噺は身に付けるのは難しい話じゃねえ。だがな、ある1人の落語家が、この噺をとことん極めちまった。するとどうなったか。高座に噺の中の人物が見えるようになっちまったんだよ。
笑兵衛   本当ですか?私には全く信じがたい話ですが…
笑太郎   まあ騙されたと思って、俺のことを信じて見なさんな。
笑兵衛   まぁ、師匠のことは信じてますけどね…
笑太郎   カぁーっ、泣かせてくれるじゃねえか。よし、そんじゃあ早速稽古だ。
2.
笑太郎   準備は良いか?…よし、行け。
 ・拍手音。笑兵衛が高座に上がって一礼。
笑兵衛   えー、私、秋川笑兵衛は先日から高座に上がったばかりの新参者でございますが…高座に上がる度に皆様からの視線がグサッと、グサグサッと、グサーーーッと、私を突き刺すのが怖い怖いと毎晩師匠の胸で泣いている始末です。そんな臆病な私ではありますが、今私のことを内心嘲笑った皆さんも、怖い物の1つや2つあるでしょう?
愛一郎   そうだそうだ。
 ・以下、登場人物達が笑兵衛の周りに上がって来る。
笑兵衛   おっと、これはこれは愛一郎さん。
愛一郎   人間誰でも怖いものがあるってもんだ。そうだろう?お前らよぉ。
喜助   んだんだ、愛一郎の野郎の言う通りだ。
笑兵衛   おや、喜助さん。
怒三郎   当たり前のこと言うんじゃねえよ。怖いものが無い人間なんておるかい。
笑兵衛   怒三郎さんまで。
楽衛門   詳しく聞いてみようじゃねえか。
笑兵衛   楽さんも来たのかい。皆さんお揃いで、何か会合ですかい?
楽衛門   まあそんなところよ。ところで、愛一郎。手前は一体何が怖いんだい?
愛一郎   俺か?俺はな、毛虫が怖い。
笑兵衛   毛虫ねえ。確かにあいつは何だか気味が悪い。
楽衛門   ハッハッハ、毛虫が怖いのか。あんなもんの何が怖い。ちっぽけで攻撃も何もできないような奴がよぉ。
愛一郎   いやいやそうは言うけどな、楽さん。
楽衛門   喜助、手前はどうだい。
愛一郎   聞いておくれよ〜
喜助   俺はムカデだ。あいつは足が多くて気持ち悪い。
楽衛門   足がちょっと多いからって何だい。
喜助   いや、そうは言うけどな、楽さん。
楽衛門   怒三郎、手前はどうだ。
怒三郎   俺か?俺には怖いものなんぞ無いさ。
笑兵衛   本当かい?怒三郎さん、嘘は良くないぜ。
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